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カブトとクワガタ 2

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“お客様にご案内致します。

この飛行機は間も無く降下を開始致します。

着陸に備えまして皆様のお手荷物は上の棚などにお入れ下さい。”

新千歳空港行きの飛行機の中で機内アナウンスが流れた。

『マズいな』

兜の隣に座る丸メガネをかけたこの男、鍬形(くわがた)は眉間にシワを寄せながらそう呟いた。

先程の氷は好きか、という謎の質問から氷の魅力について嫌というほど聞かされた兜はまたくだらない話をし始めるのではないかと内心ヒヤヒヤしながら彼の次の言葉を待った。

『トイレに行きてえ』

その時ポンという音と共にシートベルト着用サインが点灯した。

『もう着陸だ。我慢しろ』

兜の冷めた言葉に鍬形の語気が強まる。

『大きい方だぞ!』

『しらん。なんで済ませておかなかったんだ』

『腹痛っていうのは常に突然訪れるんだ。準備できるような相手じゃあない。』

『しらん。頼むから漏らすなよ。』

『保証はできねえ。』

これだから1人で行動したいんだ。よりにもよってこんな男と組まされるなんてついてないとしか言いようがない。
兜は心の中でそう呟き、現実から目を背けるようにそっと目を閉じた。

『いやあ、待たせたな』

満面の笑みを浮かべた鍬形が新千歳空港の荷物受取所にあるトイレから濡れた手を振り回しながら出てきた。

『いい。行くぞ。』

長過ぎるトイレに文句の1つでも言おうかと兜は考えたが、1に対して10で返すこの男には何も言わないのが得策だと判断しそう答えた。

『なんだ、優しいじゃねえか。』

兜は黙って歩き始めた。

『なあ、せっかくすすきのに行くんだ。

さっさと用事済ませてよお、夜の店に遊びに行こうぜ。

すすきのの女の子は可愛いい子が揃ってるって聞くしな。』

鍬形は先程同様満面の笑みを浮かべながらそう言った。

『行くなら1人で行け。ただし明日の出発時間に遅れたらその時は構わず置いていく。』

『なんだよ、つれねえな。

そう言う奴に限って案外ムッツリだったりするんだよな。』

全くこの男は人の神経を逆撫でする天才だと兜は思った。

『いいから黙って歩け。

お前と組むのは今回が最初で最後だ。

余計な話をするつもりはない。』

『おお怖え怖え。

悪かったよ、怒らせるつもりじゃなかったんだ。』

へらへらしながらそう言う鍬形に対し兜はなるべく冷静になるよう努めた。こういう男に腹を立てるとこちらの方が損をする。兜はそう痛感していた。

6月に入り東京は夏の暑さを感じさせていたが、札幌の6月は涼しい。むしろ夜は半袖だと少し肌寒いくらいだと兜は感じていた。

スナックNANAに着いた時にはすでに0時を回っていたが、すすきのの夜はこれからだと言わんばかりに様々な種類の人間が多く行き交い賑わっている。
そんな中このスナックNANAには客が1人もおらず、いるのはカウンター越しにおそらく還暦を迎えたであろう女性がタバコをくわえながら1人ポツンと立っているだけだった。

『いらっしゃい。遅かったわね。

あんた達が兜と鍬形かしら?』

見事にタバコと酒でやけたしわがれ声で女は2人に向かってそう言った。

『ああそうだ。荷物を受け取りに来た。』

兜がそう告げると女は店の奥に一度消え、白い紙袋を持って戻ってきた。

『こいつだよ。』

渡された紙袋を兜が受け取り中身を確認するとそこには何かのキャラクターであろう熊のぬいぐるみが入っていた。

『それじゃ、あとは頼んだわよ。』

タバコの煙を吐き出しながら2人に向かって女は言い、兜は一度頷き店を後にした。

楽しい話を書くよ