馬場さんのれん

お母さん&障がい者を熱烈応援 学生服リユースShopさくらや創業者 馬場加奈子さん

2010年に全国初、どこにもなかったお店としてお母さんを応援する ”学生服リユースShopさくらや” を創業された馬場加奈子さんにお話を伺いました。馬場さんは、さくらやの経営を通して、障がい者と共に歩む共生社会を目指し、障がい者施設の立ち上げに向け、日々、精力的に活動されています。

プロフィール
お名前:馬場加奈子(ばばかなこ)
出身地:香川県高松市
活動地域:日本全国
経歴:3人の子育て中のシングルマザーがどこにもなかったビジネスに着目し、地域共感型ビジネスを展開。2011年 学生服リユースShopさくらやオープン。現在さくらやパートナーは49店舗に拡大している。自身の経験からお母さん、女性の働き方について発信し、高松信用金庫と女性応援キャリスタを開催し、メンバーは130人となる。
現在の職業および活動:株式会社サンクラッド 代表取締役
2014年 女性起業家大賞 スタートアップ部門優秀賞(日本商工会議所)
2017年 ウーマン・オブ・ザ・イヤー 子育て家庭応援ビジネス賞(日経WOMAN)
2018年 女性起業家大賞 グロース部門優秀賞(日本商工会議所)※史上初2部門
2019年 女性のチャレンジ賞特別部門賞(男女共同参画担当大臣賞)
TBSがっちりマンデーなど多数出演。

「子どもたちとの貧乏生活」
Q1:さくらやを創られたきっかけはどのようなことですか?

馬場 子どもがまだ小さいころに貧乏生活をしていたことがあります。離婚をして3人の子どもを抱えて、ガス電気を止められるのは当たり前のような生活をしていました。自治体からの手当だけではやっていけず、3番目の子は保育園に入れないまま、その子を連れてできる仕事はないかと、ピザ屋さんのポスティングの仕事をしたこともあります。ベビーカーに赤ちゃん(3番目の子)を乗せて、冬の寒い日は毛布でグルグル巻きにして歩きまわって、それでも大したお金にはなりませんでした。今日を生きるためにはどうすればいいのか、明日子どもたちに何を食べさせようかと、生きていくことだけに集中していた時期でした。

そんな生活だったので、ママ友からランチに誘われても行けないですし、人と交わることは少なくなっていきます。それと長女が知的障がい者だったので、社会から疎外された感というか、自分から離れていった感覚もあります。人と交わらないので情報も入ってこないですし、完全に社会から取り残されていましたね。そんな状況のなかで、子どもたちに制服を買ってあげることはすごく大変で、リサイクル店に行ってもないし、譲ってもらえるようなお母さんとの交わりもない。そういった自分にとっての困り事が、社会の困り事でもあると思って、同じように社会で辛い思いをしているお母さんの手助けをしたいと思ったのがきっかけです。

「鍛えてくれた鬼課長」

記者 その後の展開が気になります!
馬場 知的障がいを持つ長女がいるのですが、私はいつか起業をして、この子のために時間が使えるような仕事をしようとずっと考えていました。貧乏生活が終わり、3番目の子どもが保育園に入れるようになったときに、まずは法人営業の生命保険の仕事をしようと思いました。法人営業なので仕事をしながら社長さんたちに会えるわけですよ。これは大きいと思いましたね。将来の起業に向けて、仕事をしながら社長さんたちから経営の話など、いろいろと聞こうと(笑)

記者 その発想は素晴らしいですね!
馬場 人間はお金がないといろいろ考えるものです(笑)。その仕事はすればするほど自分のお給料にもなりましたので、家庭を支えなければならない私にとっては好都合でした。
そこからは自分との闘いでしたね。今までは何も考えずに、毎日の生活をやりくりするだけのダメダメお母さんでしたが、その仕事に就いたおかげでキャリアがどんどん積まれていって、今の私が創られたのだという実感があります。

たまたま配属された課の上司が鬼課長だったのですが、その方が私を変えてくれました。毎朝、朝礼のときに松下幸之助さんの本などを読んで、私たちに意見を求めたり、契約書の約款を何回も読まされて、意味を理解させられたり、プロとしての心構えを叩き込まれました。

私は3人の子どもを育てていたので、本を読む時間もないだろうということを課長はわかっていて、通勤や営業の途中で聴くことができる音声ブックを私に与えてくれました。それをとにかく移動中の車の中で聴いたことで、自分の身についていきました。仕事でお会いする社長さんたちにそういった情報をもとに交流していくと、社長さんたちからも本当にいろいろなことを教えてもらえるようになりました。厳しい生活でしたが、それでも4年間で起業するための資金を貯めることまでできました。

「子どもたちとの時間」

馬場 その後、生命保険会社を退職して、専門学校で経理の勉強をしながら、家で制服のショップカードを作ったり、起業の準備を始めていきました。そうしたら、私がいつも家にいるので、子どもたちが一斉にワーって喋りかけてくるんですよ。給食の話や学校の先生の話、お友達の話だったり。
今思えば、生命保険の仕事をしていたときは忙しくて、子どもたちの話を聞くこともなく、知らないことだらけでした。お給料やボーナスをたくさんもらえるようになって、貧乏生活のときに比べると家計は潤っていき、習い事にも行かせることができるようになりましたし、子どもたちがケンカしないようにと、お菓子でもオモチャでもひとり一個づつ与えることもできるようになりました。貧乏生活のときは、一個のお菓子をみんなで分けていたんですよね。生活は辛かったけど、当時は子供たちと過ごす時間は多く、いつも子どもたちの傍にいてコミュニケーションはよくとれていました。子どもたちは私と一緒に喋りたいですし、一緒にいたいんですよね。いつの間にか私は、お金で解決するお母さんになってしまっていたのですね。

そこに気づいて私は、起業をするときには、絶対に子どもたちに寂しい思いはさせない仕事のスタイルでやっていこうと決めました。ですので、さくらやの営業時間は、月・水・金・土の10時から15時です。子どもが家に帰ってきたら、「おかえり」と「ただいま」が言える時間にしています。

「子どもたちがいたから頑張れた」

記者 起業してからはいかがでしたか?

馬場 いやぁ、大変でした。一年目は特にですが、それでもよくやってこれたと思います。まずこのビジネスで信用をつけるためには、お店をオープンさせるしかないと思い、なんとか店舗を借りることはできましたが、その次はお店を知ってもらわないといけません。そのためにはどうすればいいのかを考えたときに、昔、3番目の子どもがまだ赤ちゃんのときにポスティングをした経験があるので、まずはポスティングをしました。子どもたち3人と毎晩毎晩、雪の降る日も毎日200~300枚のチラシをポスティングしました。体力的にしんどいときもありましたが、子どもたちは毎日元気なんですよね。率先して「ポストここにあるよ」って教えてくれたり、私が落ち込んでもう駄目かなっていうときに子どもたちの後ろ姿をみて「私がこの子たちを育てていかないかん」って思い、頑張れました。

それから数日したときに、ポスティングのチラシを持ったお母さんが「こんなお店欲しかったんや」と言ってお店に来てくれました。私は、そのお母さんの言葉だけでまたしばらく頑張れました。それから私は、そのお母さんにハッキリと自分の弱みを出したんですね。今までうまくいかなかったこと、でもこの仕事をやっていきたいという気持ちを伝えたら、今度は、そのお母さんが宣伝してくれるようになったのです。それでまた他のお母さんが宣伝してくれて、素晴らしいネットワークができて、だんだんとお客さまが来るようになりました。

その頃はちょうどブログの出始めで、ブログをしてみようと思いたちました。当時、”ブログ講習お菓子つき3回コースで5,000円” というのがあって、そこで勉強して、毎日ブログを10回アップしようと目標を立てて頑張りました。それを長く続けていたら、そのうちに「面白いお店をしている」ということでメディアが取材してくれるようになって、新聞や雑誌に掲載されたり、TVでも放送されるようになりました。かけた費用はたった5,000円ですが、メディアに取り上げられたことによって、たくさんのお母さんたちにお店を知らせる広告宣伝となったのです。そこからが本格的なスタートでしたね。

「障がい者と一緒につくる共生社会」
Q2:今後の夢やビジョンを聞かせていただけますか?

馬場 私の夢は、「障がい者と一緒に仕事を創出していくこと」です。今でもこれは仕事になるのかどうか、そればかりを考えています。障がいを持つ子どもたちが、カッコよく、胸を張って仕事ができるような社会にしていきたいんです。

私は、もうはっきりイメージができています。うちのお店の裏に川があるのですが、そこで彼や彼女たちとカッコいい制服を着て、笑顔で写真を撮るのが夢。障がい者の人たちがいて当たり前な共生社会を実現したいです。今、私が仕事をしているのは、全部そこに向かっています。

記者 そのための計画をお聞かせください。

馬場 さくらやで仕事はたくさん生まれるようになり、いろいろなお付き合いで他の企業や団体からお仕事もいただけるようになりました。2年前にはNPO法人もつくって、その準備に入っているところです。

今年はさまざまなプロジェクトの準備期間だと思っています。まず予定では高知大学でソーシャルビジネスを目的や理想だけで終わらせるのではなく、アイデアや考えを実現化させる方法論を学び、それを具現化させていくつもりです。

5年後のさくらやは今の形ではないと考えています。それぞれのパートナーが力をつけて、自分たちで自走していくことになると思っています。5年後の私は、さくらや創業のときに目指した障がい者施設を立ち上げて、彼や彼女たちと一緒に仕事を創出していき、さくらやで培ったビジネスモデルを活かして、障がい者と共に共生社会のあり方を進化させていっていると思います。

「活き活きとお母さんを楽しんでほしい!」
Q3:
最後に読者にメッセージいただけますか?

馬場 さくらやのホームページからも見ることができますが、Youtubeでお母さんたちにメッセージを伝えているので、ぜひ見ていただきたいです!

お母さんにはもっと活き活きとしてほしいし、お母さんを楽しんでほしいと思っています。私は、これからも日本のお母さんたちに向けてメッセージを発信し続けなきゃいけないと思っています。

記者 馬場さんの夢が早く実現されるとよいですね。本日はありがとうございました!

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◼︎学生服リユースShop さくらや


◼︎ブログ

【編集後記】
今回、インタビューの記者を担当した、石塚、見並、村田(カメラ)です。学生時代は砲丸と円盤投げをされて、国体での優勝経験もあるという馬場さんは、とてもパワフルでエネルギッシュな印象を受けましたが、その裏側には子どもたちやお母さんをはじめ、誰一人として疎外感を味わうことのない共生社会を目指したい意志とそこに繋がる深い愛情を感じることができました。
馬場さんの夢とますますのご活躍を応援しています!

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この記事はリライズ・ニュースマガジン”美しい時代を創る人達”にも掲載されています。


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