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東京の今と昔を繋ぐ地図づくりを使命とする株式会社ジャピール代表 小島豊美さん

東京人として育った環境や音楽のプロデュースに携わる中で培われた経験からなる知恵をもって、日本の誇りを回復すべく、時間軸をもたせた地図づくりに日々ご尽力されている小島豊美さんにお話を伺いました。

プロフィール
お名前
:小島豊美(こじま とよみ)
出身地:東京都墨田区両国
活動地域:東京
経歴:マルチメディアプロデューサー。文筆家。古地図・地域研究者。
株式会社ポニー(現在のポニーキャニオン)にて、NHK「おかあさんといっしょ」、「みんなのうた」、フジテレビ「ひらけ!ポンキッキ」など主に子ども向け音楽のプロデュースに携わる。退社後、音楽制作会社株式会社APPカンパニー設立。伝統芸能や文学・歴史をエンターテイメントとして楽しめるデータベース構築の取り組みは、各界より高く評価され各賞を受賞。2010年株式会社株式会社ジャピールを設立し、重ね地図シリーズ『今昔散歩重ね地図』を制作。2015年 一般社団法人地歴考査技術協会理事長
著書:昭和のテレビ童謡クロニクル 『ひらけ! ポンキッキ』から『ピッカピカ音楽館』まで DU BOOKS (2015)
主な賞歴
1976年 第9回レコード・セールス大賞(およげたいやきくん)
2000年 第4回林家彦六賞
2014年 ミラサポ 第1回グッドビジネスアワードグランプリ受賞

「この国の文化・精神を今に生かしたい」
Q1:どのような地図をつくっているのですか?

小島 東京をメインに、江戸時代から現代までの地図を時代ごとに重ね合わせて、そこから様々な情報を引き出すことができるようなものです。地図に時間軸を持たせて、デジタルデータで提供しています。
地名や区画の移り変わりはもちろん、お屋敷や寺社などの施設や、老舗の飲食店、行楽名所など、画像データも盛り込んでいて一元的に見ることができます。

記者 なぜ地図づくりをされているのですか?
小島 これには、深い想いがあります。
日本は、世界に冠たる文化を持っている豊かな国なのですが、今、日本人が根無し草になっているように感じています。
その原因を考えたときに、拠って立つこの土地の重さを感じていないこと、基盤となる知識そして知恵がないからだと思いました。
例えば、ここ淡路町には昔は開成学校があって、三菱の岩崎邸があった。その昔は下級武士のお屋敷があった。そういうことを一般の人は知らないですよね。我々が生きていく上で、生活も思想も根付いている感覚がない。

そういう意識が切られている状態というのは、相当致命的なことだと思っていて、政治の上の方から庶民まで、ありとあらゆるところで自分の町、ひいては日本に対する誇りが持てない状態なんです。それでは、発信力もなくなります。ふわふわしているその状態から、根を下ろさせたいと思っているんです。

博多の祇園山笠祭を見たときに、感動しましてね。なんというか、非常に濃密なまとまりがありました。年に1回の祭を目指して彼らは生活していて、地域コミュニティーが生き生きとしています。
ところが、東京では祭はあるけれど、博多のようなまとまりは感じられなかった。東京は各地から人が集まった雑種の街なので、東京にいる人はこの街の文化や歴史を知らないし、知らないから愛着もなく一体感もなかなか生まれにくいなと。土地に対する歴史を共有すると、連帯感が生まれると思うんです。

町の名前もね、旧町名の復活をさせたいなと思っています。東京の牛込エリアは、箪笥町、細工町、納戸町など江戸の地名がそのまま残っていますがね、ほとんどの町では東京オリンピックを機会に、無味乾燥な名前がついてしまいました。
石川県の金沢市で旧町名の復活をしたら、住民が積極的に町内の活動に参加するようになって交流が深まったらしいですよ。
地名には歴史がありますが、町名が変わることで代々育まれた町の文化やコミュニテイーが断ち切られて、意識が変わってしまいました。

一人一人の好みや思想はバラバラですし時と場合によって変わりますが、みんなの心の底には当たり前の生活感覚や美しいという感覚は連綿としてあり続けていると思います。
自分が住んでいる町の文化や歴史を地図という形で作り上げて、共有化して、拠って立つ基盤を創りたい。それが、私の社会に対する使命だと思っています。

見え方は地図ですが、デジタルの地図なので、例えば、おじいちゃんがここで働いた、というようなことを自分で投稿することもできます。そういう裏で働いるデータを一元的に見えるようにすると、あっという間にいろいろな関わり方や繋がりがわかるようになります。それをわかる人が増えていけば、社会は変わると思っています。

東京の今と江戸を繋ぐことで、茫洋としたものすごいこの国の文化・精神を今に生かしたいんです。このままいくと、この国は必ず滅びると思っていて、自分が死んでしまえば、その先は知らねぇやっていう気はありますが、いやぁ、この国もったいないねっていう気持ちです。

日本人の持っているポテンシャルは、日本人が考えている以上にすごいんですよ。そのことにプライドを持って生きているかいないかによって、相当違ってくると思うんです。この地図づくりは、社会運動なんです実は。

「生きている限り死ぬまで..」
Qどんな計画を立てて行動されていますか

小島 計画はないです。生きている限り死ぬまでがんばって、誰かに引き継いでもらえればいいと思って取り組んでいます。

記者 情報はどのように集めているのですか?
小島 例えば、明治〜昭和の作家永井荷風の『断腸亭日乗』という日記に、「何年何月に銀座のキューベルというお店に行った」とあったら、そのお店がどこにあったかを調べてポイントをつけています。
また、江戸時代の落語などに出てくるお店の場所が知りたいと思いながらなかなか特定できなかったのですが、ある時国立国会図書館に行って、ここだ!って発見しました。その1つのポイントのために30年かかった、というようなこともあります。

記者 地道で大変な作業ですね!!
小島 終わりがないですね、この仕事は。これ、銭金じゃないんです。毎日毎日、1日10時間くらい。それを自分一人でひたすらしています。自分はこれを作って死んでいくんだ、というそんな気概、思いがあります。お金だけを考えたら、こんなことしないですね。

「名もなく消えていった人たちを残したい」
Q地図づくりをするにいたった背景やきっかけはどのようなことですか?

小島 自分の興味の対象が、歴史の教科書に出てくる人ではなくて歴史に埋もれた庶民の生き様みたいなところにあります。
西郷隆盛や大久保利光がどうしたこうしたというより、名もなく消えていった人たちを残したい、スポットライトを少しでも浴びせたいんです。

記者 なぜ名もなき人たちに興味を持つようになったのですか?
小島 親父が物書きでしたので、自分が子どもの頃、うちに講談師とか落語家とか芸人さんなどいろいろな方がたくさん出入りしていました。
百川燕雄(ももかわえんゆう)さんという講談師がいましてね、この方は直木賞をとった安藤鶴夫の「巷談話本牧亭」のモデルとなった方ですが、生活は極貧でした。彼は、うちに明治の講談師の大物伊藤痴遊の全集を読みに来ていました。
当時5円10円の佃煮をお土産に持って来て、3日も4日も泊まってご飯を食べていくんです。何回もお代わりして。子供心に、厚かましい親父だと思っていましたが、彼の背景とかがわかると、実にかわいいおじいさんでしたね。モデルになって注目されましたが、ちっとも金持ちではなくて、本当に赤貧洗うがごとく、最後は雨漏りする掘建小屋で亡くなりました。

山ほどエピソードはあるのですが、他には、ヤマチョウさんという屋号をもった親父さんも印象に残っています。彼は、その昔は何十人も番頭さんを抱えて神田市場で卸をしていたのですが、僕が出会った昭和42年頃には見事に零落していました。綾瀬のあばら家に住んでいたのですが、芸人たちを集めて演芸会をする時には、自分の蓄えから「お車代」と言って芸人たちに払っていました。

俳人で小説家の久保田万太郎や歌人で脚本家の吉井勇などとも付き合いがありました。精神的には相当贅沢な時を過ごしましたね。

そういう環境の中で、彼らの粋な生き様を自然と目の当たりにしていました。東京人はシャイだから、自分のことをひけらかすことはしないですよ。そして、外はボロでも心は花色木綿なんです。そういう精神風土を僕が付き合った人たちは、みんな持っていました。
名前もない、お金もない人たちだけど、その生き様は、こちらからすると実にうらやましいんです。お金がなくても助け合う、みんな仲間だという意識で繋がっていて、「こいつが困っているのに、なんでてめぇだけ贅沢できるのよ」って。こういう良質な日本人と付き合えて、自分の基盤が創られたと思っています。

日本人って上品だし品格があって、思いやりがあって、本当に世界に冠たる人間性があります。本来日本人として繋がっているマインドがあるのですが、それが今は、人によっては削ぎ落とされてしまっています。
今の世の中、有名になりたい、金持ちになりたい人が多いし、人を蹴落としたり、嘘をついてまでも自分の欲望を果たそうとする風潮が、なんか違うのではないかという思いがものすごくあります。

「日本人よ、勇気を持て」
Q最後に読者にメッセージをお願いします!

小島 「日本人よ、勇気を持て」と伝えたいです。この国は、勇気を失ってしまいました。ありとあらゆるところでそれを感じています。勇気を持って、自分の主張をするべきです。
事を荒立てないというのは、本来「大事を成し遂げようとするには、本筋以外のことはすべて荒立てず」という日本人の美徳でもあるのですが、外国との関係含めて、あまりにも発信力がなくなってしまった。

若い人の中で哲学を持って生きている人は、どのくらいいるんでしょう?
たくさんある情報から本物の情報を選びとって、物事を考え、知恵と勇気をもって、この国にもともと備わっている素晴らしい徳目を、発信してほしいと思っています。

記者 熱いお話をどうもありがとうございました!

**********************************小島豊美さんの情報はこちら↓↓

◼︎Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/小島豊美

◼︎Face Book
https://www.facebook.com/profile.php?id=100001991012454

◼︎株式会社エーピーピーカンパニー
http://www.app-beya.com

◼︎株式会社ジャピール
http://jappeal.jp/overview

◼︎一般社団法人地歴考査技術協会
https://jhico.org/greeting

【編集後記】
今回、インタビューを担当した、石塚、原、福井です。
人として生きる中で、歴史や文化的背景などどれだけの深さをもって生きるのか、その重要性を改めて感じさせていただきました。本来の日本人がもっている豊かで粋な精神を備え、勇気を持った日本人が増えていったら、美しい時代が自然に到来すると思いました。繋がりを断たれてしまった今の日本への危機感から、使命感をもって取り組まれている小島さん。応援しています!

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この記事は、リライズ・ニュースマガジン “美しい時代を創る人達” にも掲載されています。


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