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短編「断線」


彼は15年ほど前から引きこもりだった。

以前から外に出ることなんて年に数回あるかないかで、部屋から一歩も出ない日も珍しくなかった。


1988年、初夏。


長い眠りから目を覚ました彼はゆっくりと起き上がる。

ずっと前から食料が尽きているので、彼は腹が減っていた。しょうがないので重い腰をあげて部屋を出る。

耳を澄ましてみても下から物音は聞こえなかった。恐る恐る一階へ続く階段を降りる。

罪悪感からだろうか、彼は家族と対面することさえ怖くなっていた。久しく顔も見ていない。


一階のリビングに降り立ったが、人の気配は無い。玄関に行って家族の靴があるか確認しようとしたが、普段家族がどんな靴を履いているのか彼は知らなかった。

彼は家族探しを諦め、食料探しを開始した。


その後、30分ほど食べ物を求めて右往左往したが、結局食料は見つからなかった。

なぜカップ麺のひとつも置いていないのかと家族に対して腹を立てかけたが、この瞬間も減り続けている腹を立たせる余裕はなかった。


どうしようもないので何か買いに行こうと考えた。

既に彼は空腹の限界に達していた。それに重ねて激しい睡魔に襲われていた。


玄関まで行きドアに手をかけた。



そこで彼の充電は底をつき、ガシャンと音を立て崩れ落ちた。

最後まで、自分の正体を思い出すことはなかった。









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