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短編小説 l 満月を食べてみたい

満月を食べてみたい。表面がザクザクしているから、クッキーみたいに甘くてほろほろしてるのかも、と紺色の制服をまとって夜に馴染んでいる君のとなりで呆れたい。真っ黒のコンクリートの上にぽろぽろと落ちて沈んでいく月のかけらを眺めたい。横断歩道の白い線だけを渡る君が眩しくて、齧ったあとのような淡い三日月のせいにして目を細めたい。
 
 満月を食べてみたい。レモネードにして飲むのが良い。透明な瓶に月とはちみつと砂糖を入れてスプーンでくるりと混ぜたものを、冷蔵庫に大切に仕舞いたい。冷蔵庫を開けるととろりと光っていて欲しい。コンセントを抜いて中を小さな夜して、帰ってきた君に何してるのと怒られたい。仲直りの印に飲んだしゅわしゅわのレモネードはきっと忘れられないだろう。
 
 満月を食べてみたい。空から落ちてきた月をフライパンで受け止めて、ホットケーキを作ってみたい。ぷつぷつと空気の泡が弾けるのを、真剣に眺めている君に苦笑したい。ひっくり返そうとフライパンを振るった瞬間、ぽーんと月は空高く跳ね上がって元の場所に戻って欲しい。油を纏っているかのようにてらてらと輝く月を君と見ながら、何をトッピングしたいかで盛り上がりたい。
 
 満月を食べてみたい。朔日の深夜、ベッドに寝転がりながらそんな夢を語った君に、まあるい結婚指輪を差し出してプロポーズしたい。心のいちばん近くに君がいるよと小っ恥ずかしい台詞を詠ってバカにされたい。そのあとふたりで緩く手をつないで微睡みたい。
 
 満月を食べてみたい。気の早い君が十五夜の数日前につくったお団子にみたらしをかけていると、お腹にいのちを宿す君が、満月がいっぱいあると目を輝かせてはしゃぐのをマァマァと宥めたい。月見団子を食べながら、満月に住むのは兎か蟹かでちょっとした争いをしたい。
 
 満月を食べてみたい。
 僕は月見酒に浮かんだ満月をごくりと飲み込んだ。
 この世を去った君が、口いっぱいに満月を頬張っていますように。

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