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はじまりの物語 ⑮ 出自

小さき一葉がのぞき込んで話しかける
ねえ あれを鳴らしてもいい

そばにあった木枠をちらりとみる
膝に座った一葉のちょうど目の高さぐらいだ
木枠の中には皿状の小さな鉦(かね)がかけてある
金属でできており中が空洞になっているようだ
真んなかがさらに円状に隆起しており
金のうち具で叩いてみると
チーンと短く音がなる
あとに響くとわけではないが
高く短い鉦の音はリズムを刻むにちょうどいい

いづれのひとにか かんき はやき チーン

どうやらすっかり漢詩のリズムと謎かけに夢中のようだ

普段は法王が唱える念仏に合わせて
鉦を打つのが僕の仕事だとでも思っていたようだが
自分でしたいことを見つけおったか

一葉はその鉦(かね)が好きか と問われて
うん、と答えニコッと笑った
漢詩も好きか
うん、大好き

ではしっかり学べばその鉦を一葉にあげよう

それが道真公へのなによりの供養であろう

宇多法王は心の中でそうつぶやいた

一葉は祖母にあったことがない
母も一葉を生んですぐに亡くなったときいた

一葉が生まれたときもこんな雷鳴轟く夜だった
ほどなくして道真公の逝去の報が届いた

周りの一葉に対する奇異な目に気づいていた
学び場に出入りすることを許されたあとは
その利発さより一層 うわさするものもあった

法王がまだ源籍にいて大学寮で学び始めたとき
文章博士として弁をとっていたのが道真公であった
自宅で開設している菅家廊下にも
教えを請いに行くほど心酔していた
天皇になって早々に阿衡の紛議にかけられ
窮地の折も讃岐から駆け付け取りなしてくれた恩もあり
妻の衍子をはじめ道真に連なるものを後宮に迎え
姻戚関係を結び右大臣にまで登用した

余の道真公にたいする並々ならぬ思いも
朝廷ではいともたやすく無下にされる
出自が知れたら一葉は
そう思い一葉の母の出自は伝えずにきた

今の世では勉学や人物としていかに優れようとも
政(まつりごと)で報われることがない
かといってこの仏への修養が報われるのか

未だ確信はない
迷いを振り払うように読経を始めるのであった

一葉はかんの鋭いところがあった
祖父、法王に直接疑問をぶつけたことはない

だがきっと、とそう思うのであった


道真公が好きです
ご登場いただこうと思いましたら思わぬ
キーパーソンとなりました

より一葉に愛着がわいてきます

主人公はへびなのに、
ヘビの主観の物語ですすめるはずでしたが
いろんな人の想いが交錯してきました

お付き合いくださいましてありがとうございます

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