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点と線

 

誰のために生きるかを決めるでしょう。今月の貴方は様々な選択を迫られると思います。貴方は自分一人で考え行動する人です。しかし今月の貴方は誰かに質問されたり、質問を求めたりと貴方の中の正解探しを始めます。例えば…


 私はスマホの画面を消した。王子から赤羽行きの都営バスに揺られながら、雨で濡れた鈍色の街を進む。イヤホンからは好きなロックバンドの曲が流れ雑多な音を遠ざけている。

 正解探しかと、さっきの占いを見て思う。星占いが好きで暇つぶしによく見る。当たっているような、外れているようなその不確定さが丁度いいのだ。ただ今月の占いは的を射過ぎている。そう感じて見ていられなくなった。


「地元に帰ろうと思うんだ」と、今月初めにスマホにメッセージを受け取った。数年来の友人でよく遊び歩いた大事な仲間からだ。私はびっくりして返信した。
「突然だね…どうしたの?」
「おひさー。どうしたって程じゃなくてね。実は結構前から考えてたんだ」
「そうなんだ…」
「彼氏ともずっと話してて」
 彼氏さんと彼女は四年程交際している。出会いはライブハウス。彼はギタリストだった。ロン毛で金のインナーカラーを入れたバンドマンらしい風貌をしていたが、今では爽やかな短髪姿で、自宅で楽曲制作を生業にしている。もしかして…と私は切り出した。
「結婚するの?」と送ると、可愛い女の子がYESと言っているスタンプが来た。
「実はそうなの」
「そっか」
「別に北海道でも仕事柄大丈夫だし」
「彼は?」
「問題ないって。君に着いて行くよって」嬉しいけどヒモみたいだよね、と彼女は続けた。
「寂しくなるね…」
「うん」
「いつ行くの?」
「年度末かな。三月頭まで仕事あるから」
「じゃあ、それまでにご飯行こう!」
「いいよ!」
「じゃあまた連絡するね!」
そう言って、私達はスタンプを送り合った。


 イヤホンからはまだ同じバンドの曲が響いている。このアルバムが終わる頃には赤羽に着くだろう。途中停車所でバスが止まり乗客が乗り降りする。傘から雨水が滴り床を濡らし、キュッキュッと人が歩く度に靴が鳴る。それが微かに耳に届いた。


 先刻、会社のお昼休みことを思い出す。
「先輩。ちょっと話あるんですけど」と、喫煙仲間の男性社員から話しかけられた。今年の新卒で新人研修を担当したためか、やけに懐かれてよくご飯を食べる仲だ。
   私が目を合わせると「転職って考えたことあります?」そう彼は煙を吐きながら言った。
「辞めるの?」
「そういうわけじゃないんですけど。ただなんというか。やり甲斐というか、充実感が無いんですよね」
「……」
「この仕事が嫌いなわけじゃないです。給料も悪くないし」
「そうね」と、私は肺に溜めた煙をゆっくり吐き出した。短くなった煙草を灰皿に捨てると、ジュッと煙を昇らせる。
「ただ先輩はどう考えてるのかなって」そう思っただけです。そう言うと、タバコを灰皿に放り、先に喫煙所から出て行った。
 ポーチからタバコを取り出し口に加える。ライターを取り出し火をつけると、タバコの先端がチリチリと焼け、吐き出した煙と共にバニラの香りが辺りを包んだ。彼にどう声をかければよかったのだろう。私はぼんやりと雨の降り頻る外をただ眺めていた。


 …次は赤羽駅東口です…
 バスのアナウンス。後数分で到着するだろう。私の一番好きなバラードが両耳を塞ぐ。終わっちゃうな…と溜息を漏らした。まだ彼女に連絡していない。スマホを点ける。なんで話しかければ。スマホを消す。彼とご飯でも行こうか。スマホを点ける。またあの話になったらどうしよう。スマホを消す。点ける、消す。消しては点ける。
   私はいつもそうだ。怖くて最適解が分かるまでうだうだしてしまう。昔高校の先生に言われた事がある。悩む事と考える事は違う。悩んでいる時は答えが決まっている。考えている時はまだ選択肢が沢山ある、と。私は未だにその違いが分からずにいる。彼女も彼も、選択して人生が決まってしまう事を恐れているのではないか。変化する事に怯え他者を求めた。それが私だっただけ。なら、「お門違いだよ…」吐いて言葉が漏れ落ちた。


 バスが終点に着いた。乗客がぞろぞろと列をなす。私もその列に混じりバスを降りた。傘を差し、雨を除ける。口寂しさから近くの喫煙所に足早に入り込んだ。中には数人が点々と傘を差しながら煙を撒いている。私もその中に混じり込み煙を吐き出した。終わっていたアルバムをまた再生する。


 …なんか嫌だ…このまま待ってるだけなんて。分からないなら、繰り返しから外れてみればいい。結んだ線を消したら、私達はただの点なのだから。もう一度結び直せばいい。

 私はイヤホンを外し、スマホで彼女に今週末ご飯行こうとメッセージを送る。とびっきりのスタンプを付けて。私はそのまま歩を進めて、見慣れた背広の肩を叩いた。彼はびっくりしてこちらを向く。


「ねぇ、今から一杯付き合って」
 

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