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【FLSG】ニュースレター「Monthly Report3月号」株高、円安はつづくのか、そしてトランプリスクは

2月22日、日経平均は1989年12月29日に付けた最高値3万8915円を抜き、その先には大台の4万円台を期待する声が膨らんでいる。しかし、わずか2か月前にこんな相場展開を予想した市場関係者はいない。(2月29日 文責太田)

マイナス金利解除はあるかもしれない
エコノミストが見ている日本のマクロ指標は、GDP(国内総生産)をはじめとして良くない。23年7─9月期、そして10─12月期と連続して前期比マイナス成長だった。足元の24年1─3月期も低調となり、ひょっとすると3期連続マイナス成長になる可能性がある。

物価上昇率が2%に対して、個人消費は消費の量を減らす反応を示してくる。1月のCPI(消費者物価指数)は前年同月比2.2%の上昇。上昇率2%が続けば3月か4月に日銀は「安定的にCPI(消費者物価指数)が2%を上回った」と判断して、マイナス金利を解除するかもしれない。これは金融引き締めになるため、直に考えればドル安、円高に向かうはずだ。
しかし、筆者は中長期的に円高の流れはないとみている。

弱い円と強い株価
日本のマーケットは、
1)強すぎる株価が実体経済の弱さと釣り合っていない
2)日銀が緩和修正に動くという予想に対し円安基調が続いてしまう
──という2つのねじれを抱えている。

「弱い円と強い日本株」をどういう風にとらえるかは、換言すれば「強いドルと強い米株価」ということになる。米長期金利は足元でやや上昇してきている。2月8日、日銀の内田真一副総裁は、「たとえマイナス金利を解除したとしても緩和的な金融環境が続く」という発言をし、その結果、日本では利上げまでは時間がかかり、市場は日銀の利上げは大きなショックにならないだろうという評価をした。これで、米国での利下げによって米国経済が回復して、先々は結局ドル高に向かうという見方にシフトさせていった。このことは、近い将来の日本のマイナス金利解除による円高の流れというより、ドル高要因への移行となったのだ。

米経済は政策金利を22年3月から5.25%引き上げたにもかかわらず、景気は腰折れせず、一方ではCPI(消費者物価指数)を鈍化させてきている。強い米株の根底には景気のソフトランディングがある。
日経平均は、ナスダックやS&P500とほぼ連動して上昇している。その背景には、米株のポートフォリオが膨らむと、日本株への分散投資が進むという原理がある。この分散は、このところ不振の中国株から日本株へのシフトも手伝っている。

米国経済独り勝ちの結果、世界の株式時価総額に占める米国株のウエイトが半分近くにまで膨らんできている。分散投資として日本株に向かってくる巨大マネーは、日本株を想定以上に急速に押し上げたのかもしれない。「マグニフィセント・セブン」と呼ばれる7銘柄の時価総額だけで、日本株の時価総額の2倍以上になる。このエネルギーは、いずれ日本平均が4万円台に向かうと思わせる原動力になっているのかもしれない。

弱い円と強い株価の持続力
それでは「この構図はあとどのくらいの期間続くのか」ということが問題になってくる。年内か、それ以上なのか。いや、賞味期限はもっと短いという見方もあるかもしれない。
まず、弱い円の方はトレンドが当分続くとみる。日銀が実際にマイナス金利を解除すると、それなりに円高に振れるだろう。しかし、円高の滞空期間はそれほど長くないとみる。

焦点は、FRBの利下げが6─9月のタイミングで行われるかどうかである。結論から言えば、米利下げが仮になくなると「強すぎるドル(=弱い円)+強すぎる米株価(=強い日本の株価)」が成り立たなくなるリスクがある。可能性は低いが、米国経済があまりに強くて、FRBが利下げシナリオを実行しないケースは日米株価にリスクになると考えられる。

米株価は、すでに「高所恐怖症」にある印象を拭えない。ハイテク大手の決算が投資家の期待通りに好調でなければ、さらなる株価上昇は延長しにくいだろう。米株価はFRBの利下げを強く織り込んでいる。雇用統計やCPI、小売売上高、ISM(米供給管理協会)が発表する景気指数などをみて、FRBの利下げが近づくのか遠のくのかを当面は見極めなくてはいけない日が続くだろう。

日本株が米株価の安定的な上昇に強く依存している構造を考えると、史上最高値を超えたから、次は4万円、さらに5万円などという感じはしない。日本株にとっても重要なことは、米国の金融政策をウォッチして、FRBの判断を意識していなければならないことだ。

サービス収支の赤字は円安へ
通過の変動要因は金利差だけではない。特に中長期では経常収支の動向がその通貨のトレンドを形成する。円に関しては経常収支から構造的に円安のトレンドになったと思っている。地政学リスクに対し「有事の円買い」はなくなったとも感じている。
その大きな理由はとして、日本のサービス収支の赤字継続にある。2023年の日本の経常収支は20兆6295億円と2年ぶりに20兆円台の黒字に復帰した。黒字幅は前年比9兆9151億円の増加であり、その増加幅のほとんどは貿易収支の赤字が半減以下になったためである。貿易収支赤字の減少、言うまでもなく資源高の一服で輸入が大幅減少したことで説明可能だ。

貿易収支以外では、サービス収支赤字が大きく減少したことも経常収支黒字の押し上げに寄与した。このことは、サービス収支を構成している旅行収支黒字が3兆4037億円とコロナによるパンデミック前の2019年に記録した過去最高の黒字額(2兆7023億円)を大幅に更新したことの結果でもあった。このように2023年の経常収支黒字は基本的に貿易、サービス収支赤字(旅行収支の黒字拡大)が大きく減少したことと表裏一体である。

このサービス収支は旅行収支黒字にもかかわらず、3兆2026億円の赤字だったが、これは、デジタル関連収支が5兆5360億円の赤字だったからだ。デジタル関連収支は基本的に供給側の言い値で単価がつり上げられる世界であり、赤字拡大は今後も十分想定されるだろう。

極端な話、GAFAM(グーグル、アップルなどの総称)のサービスがない日常生活を想像できるだろうか。値上げを切り出されても拒否できない以上、日本がデジタル関連収支に支払う外貨は今後も膨らむ公算が大きく、国内でデジタルテクノロジーの進展を見ない限り、サービス収支赤字は拡大基調が続く可能性は高いと言わざるを得ない(東大のAI第1人者である松尾教授は、昨年2兆円の無形資産の赤字が、2030年までに海外依存(特に米国)が続き8兆円に膨らむと言及している)。

国際収支の発展段階説に照らせば、2011─12年ごろを境として日本は貿易で外貨を稼ぐのではなく、投資の成果として外貨を得るという典型的な「成熟した債権国」に移行している。国際収支は主に「経常収支」「資本移転等収支」「金融収支」の3つから構成される。この3つの中で最も重要なのは経常収支だ。経常収支とは「海外からの稼ぎ」と理解するとわかりやすい。経常収支黒字が大きいということは、海外からの稼ぎが大きいということなので、その国の通貨のプラス材料となる。円の動きを見るには、両国間の金利差だけでなく、経常収支が大きな要因なのだ。

経常収支は、「貿易・サービス収支」「第一次所得収支」「第二次所得収支」の3項目からなる。モノの輸出入を差し引きした貿易収支や、旅行や知的財産権の使用料などのサービス収支は実感しやすい。第一次所得収支は海外投資から得た利子・配当などで、第二次所得収支は政府や民間の海外資金援助などを指す。

日本の経常黒字が拡大し巨額の対米輸出が問題視された1980~90年代は、「海外からの稼ぎ」というと、ほぼ貿易黒字で占められていた。一方で、当時は貿易不均衡是正が叫ばれ、円高圧力が高まり、そのため日本の企業は円高対策として生産拠点を海外に移転すべく、「直接投資」という形で海外に子会社を設立した。その結果、経常収支の内訳が貿易黒字から第一次所得収支の黒字(=投資収益)へシフトすることとなったのだ。国内でモノを生産して輸出で稼ぐのではなく、生産は海外子会社が行い、そこで上がる利益が配当という形で国内の親会社に還流するという構図に変わってきた。

円安は続く、円高の滞空時間は短い
円と経常収支を見るときに、少なくとも2つの注意点が指摘できる。
1つは経済収支黒字の主柱を成す第1次所得収支黒字の7割弱が自国通貨に回帰してこない(海外で稼いだ資金は海外で設備投資などに向かうという状況)ことと、もう1つはサービス取引の国際化(とりわけデジタルサービス取引)が隆盛を極め、その供給側(主に米国)の価格支配力が極度に強まるという状態は続くだろう。

貿易赤字構造や、デジタル取引の外貨支払い、企業の直接投資資金が海外へ向かうという流れは、円安圧力として2024年央以降に目立ってくると思う。つまり弱い円は当面続くとみていたほうがいい。

経常収支の黒字縮小では、「成熟した債権国」であって「債券取り崩し国」にならないように願いたいものだ。日銀が実際にマイナス金利を解除すると、それなりに円高に振れるかもしれないが、デジタル収支赤字が続くことは明白であり、経常収支の拡大は見込めず、円高のトレンド形成(かつての円高恐怖)はないと思っている。

トランプリスクを考える
米ミシガン州での共和党予備選でトランプ氏は勝ち6連勝となった。早くもトランプ前大統領の再選になるのではないかと心配されている。いまや、「もしトラ(もしかしたらトランプ)」から「ほぼトラ(ほぼトランプ)」に変わりつつあり、最近は「確トラ(確実にトランプ)」と言われる状況にまで事態は進んでいる。

トランプ氏、選挙開戦7月に軍資金枯渇の見通し-弁護士費用で綱渡り

実際に、トランプ氏が再選されるかどうかはわからない。「ブルームバーグ」が報道するように「トランプ氏、選挙開戦7月に軍資金枯渇の見通し-弁護士費用で綱渡り」(2024年2月15日配信)のように資金の枯渇で苦戦する可能性があるかもしれない。

株式市場にとって、2024年秋に大統領選が控えていることは、米株価にとって上昇基調が崩れないシナリオにプラスという声も聞かれる。おそらく、その根拠は8年前の2016年秋にトランプ・ラリーが起きたことが記憶されているからだろう。

ここではもう少し厳密にトランプ氏の経済政策を見ていくと、トランプ氏の大統領再選は、同時にインフレの再燃でもある。というのも、トランプ氏の掲げる政策の大半は、インフレの原因になるものばかりだからだ。米国経済に再びインフレをもたらせば、金利がまた上昇に転ずることになる。ドルが高くなり、世界中の通貨がまた安くなる。

米国だけではなく、世界中が再びインフレの波に襲われることになる。これまでにトランプ政権がとってきた政策や新たに公約として掲げているものをチェックすると次のようになり、これらの結果としてインフレの圧力が高まると予想される。

1 保護貿易政策
 中国からの輸入品に対して60%の関税を課す、というトランプ氏の発言が注目されているが、輸入品の価格上昇につながることになり、インフレ再燃の要因となる。
2 大幅な規制緩和
 トランプ政権の誕生は、前回もそうだったように大幅な規制緩和が実施される。規制緩和によって景気が良くなり、株価が上がる。個人消費も拡大し、景気が一時的に良くなることは間違いない。経済が意図的に成長に転ずれば、自然にインフレが始まる。その結果として、インフレは再度の利上げを招き、株価低迷、個人消費の低迷をもたらす。
3 減税による個人消費の拡大
 関税引き上げや規制緩和による増収などを背景に、先行して行われるのが「減税」だ。ポピュリズム(大衆迎合主義)政治の典型的なパターンだが、大幅な減税は個人消費を押し上げて、一時的には景気が良くなりインフレが再燃する。
4 移民政策強化による賃金上昇
 今回の選挙でもトランプ氏が強くアピールしているのが、移民審査の厳格化だ。移民に対する審査を強化することで、移民人口を大幅に抑えてしまう可能性が高い。アメリカの経済成長の源とも言える人口増加をストップすることになり、短期的には影響が出ないものの、中長期的には賃金が上昇することになり、飲食や運送などのサービス価格が上昇し、やはりインフレを招く。
5 金融緩和政策への大幅転換
 米国の中央銀行であるFRB議長の任期(2026年5月)が、大統領の任期中に終わるため現在のパウエル議長よりハト派=積極的な金融緩和への転換が予想される。必要以上に金利を引き下げて、景気を刺激する政策に転換することが予想され、景気の押し上げ=インフレを招くことになる。
インフレは、ドル高を招くために、日本を含めた海外でのインフレも深刻化する。インフレは、金融引締め、株価の下落などを招くため、最終的には景気が低迷していくことになる。

とりわけ、2024年内だけを見ると、弱い円と強い株価が維持されるシナリオは、米大統領という材料によってサポートされるのだろう。

参考までに、前回トランプ大統領が誕生した2016年当時のドルの動きをみると、2016年11月8日に投開票が行われた米大統領選のトランプ氏勝利は、多くの市場参加者にとってサプライズだった。
翌9日のアジア市場でトランプ氏の優勢が伝わると、ドル円は105円台から急落し、一時101円台前半の安値を付けた。

しかし、同氏が9日に行った勝利宣言のスピーチで、
1)政党や人種、性別を超えた融和と統一の方向性を示した
2)インフラの再建を行い、多くの雇用を生み出したいと明言した
3)諸外国に対しては敵意や摩擦ではなく、共通点を見出し協力していくと述べ、国際社会に対しても協調路線を示した
などが好感され、米株価が反発するとドル円も反転上昇。10日には106円台後半まで急伸した。

その後も米株価上昇と米長期金利上昇、ドル高の「トランプラリー」が続いた。市場関係者にはあの時のイメージが残っていると推測され、ドルは上がるだろうが、今回は長期金利が上昇し、株価もすでに高い位置にあるため、株価の持続的な上昇は難しいとみる。つまり大統領選までは、強い株価は維持されるだろうが、トランプ大統領が誕生したら、その後はかなり深い調整に向かうと思っている。おそらく日本株もそれに追随することは間違いない。

■レポート著者 プロフィール
氏名:太田光則
早稲田大学卒業後、ジュネーブ大学経済社会学部にてマクロ経済を専攻。
帰国後、和光証券(現みずほ証券)国際部入社。
スイス(ジュネーブ、チューリッヒ)、ロンドン、バーレーンにて一貫して海外の 機関投資家を担当。
現在、通信制大学にて「個人の資産運用」についての非常勤講師を務める。証券経済学会会員。

一般社団法人FLSG
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