何気ない会話に救われた話。
「久しぶり」数年ぶりに友人からメッセージが届いた。
子育てに追われて疲弊し、近所に友人もいない私にはそのメッセージが嬉しかった。
あの日私の日常に色をくれた言葉
そんな風に言っても過言ではないのかも知れない。大げさだって?
ううん、全然そんなことない。
友人からしたらさりげない何気無い会話だったけれど、私にとって数年間なかった家族以外との会話は最高に楽しかったから。
みんな気を遣ってくれたり、ライフスタイルが変わって
それまで一緒に遊んでいた友達とは見えない壁が出来てしまった。
(作ってしまったのは私だったのかな)
実は初めての育児で精神的にボロボロで泣いてばかりで俯いていた。外に出たくないし、何もかも嫌になっていた。自分の時間が一切ない。あと何年こんな辛い時間が続くのかと暗闇の中でもがき続けていた。
あの時電話じゃなくラインだったからこそ、普通に会話できたのだと今になってはそう思う。
笑えない日が続いていた私はすっかり笑い方も忘れてしまってた。
簡単に言えば「心が氷のように冷たくなっていた」
私ってどんな人だった?良き妻、良いママってなに?私の気持ちは関係ないの?って・・・。
その友人は毎日連絡をくれた。
些細な会話もくだらない冗談も、数年ぶりに話をするわりに盛り上がった。一緒に遊びに行った時の話。ライブの話。最近のこと。
凍っていた心が少しずつ溶かされて行く気がした。
自然に笑えるようになった。人と会話したくなった。
少しずつ昔のような私に戻って行くのがわかった。
「ああ、私はこの何気ない会話に救われているんだ」
コロナで人と頻繁に会えなくなる前に、遊びに行った。
久しぶりに会った時、全く距離感を感じなかった。あの頃のまま。それが嬉しかった。寂しかったのかも知れない。自分の本心に気づいた瞬間でもあった。
あの日から私の毎日はもう一度輝きを取り戻した。自分を嫌いになりそうだった。
そんな私をまた私が好きだった私にしてくれた。ううん、もっと自分が好きになった。
私たちは一人ではいきていけない。いきていけると思っている人は、もう少ししたらそのことに気付くんだと思う。
あれから人に感謝することが増えた。
きっと今も友人は、私を救ったなんて思ってもいないだろう。
孤独の中にいて自分が悩んでいることにすら気づかなかった私を、たった一言で救ったなんて。
仮に言ったとして「そうならよかった」なんて笑って答えそう。表情まで目に浮かぶ。
この数年の間でコミュニケーションに変化が起きている。とある人が「リアルが廃れていく」と言っていた。でも、本当にそうなのかな。
人と人との繋がりに温かさを感じる回数が増えた。言葉の大切さに気づいた。大切な人が今日も元気でいること、一緒に居られることに幸せを感じるようになった。
触れられる幸せ。当たり前と思っていた日常が愛おしくなった。
これでも廃れていくと言えるのかな。少なくとも私は思わない。
今度誰かの世界を変えるのは君なのかも知れない。
何気なく発した言葉が誰かの心を救う。そう思ったら、楽しくならない?
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