哲学対話「考える」の開催レポート
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哲学対話「考える」の開催レポート

毎月第4土曜日にオンライン哲学対話を実施しています。8月に引き続き9月も、土日と2日続けて開催です。9月25日(土)に開催した際の様子をレポートします。

哲学対話の概要

哲学対話とは「普段はあらためて考えない疑問」、「すぐには答えが見つからなそうな疑問」について、みんなで語りあって思考を深めていく場です。一人ひとりが自分の経験や考えを、自分のことばで表現することを大切にします。それをお互いに聴き、問いかけ合いながらともに考える場です。
哲学対話は、近年いろいろな所で行われています。当日集まった参加者から出してもらう問いについて対話をする場合もあれば、主催者が事前にテーマや問いを決めて実施する場合もあります。

我々の場合は大きなテーマだけを事前に決めておき、当日そのテーマに関連して問いを出し合って、選ばれた問いで対話をスタートするというやり方で行っています。

過去のテーマはそれぞれ「対話」、「時間」、「夢」、「言葉」、「弱さ」、「笑い」、「つながり」、「学ぶ」、「遊び」、「信じる」、「読む」、「書く」、「聴く」、「楽しさ」、「無駄」、「不安」、「記憶」、「努力」など。19回目となる今回のテーマは「考える」で、参加者は9名でした。

問いだし

今回は、冒頭で音声確認の意味も含め、①ニックネーム 、②どこから参加しているか?、③あなたにとって考えるとはどんなことですか?について一人ずつ話していただきました。

・考えるのは楽しくもあり苦しくもあること
・常にごちゃごちゃと頭のなかで何かを考えている
・良い考えると悪い考えるのバランスが重要
・考えるのは大事にしたいことであり、冷静に見ることでもある
・自分ってなんなんだろう?とこの頃よく考える
・考えるのは水の中に沈んでいく感じ
・考えると思うってどう違うんだろう?と考えている
・自分が思っている「考える」を今日は真っ白にして、考えてみたい
・考えるってなんだろう?わからない

その後、お1人ずつ、問いを考えて出してもらい、なぜその問いで話してみたいと思ったかを共有しました。さらに、合体できるものはないか、問いを出した方に提案していただいて、いくつかの問いを合体させたあと、投票をして決めていきました。

1.あなたはどんな風に考える?(「考える」とは、経験の引き出しから思い出す作業だろうか?)
2.どうしたら前向き、積極的になれる考えかたができるだろうか?
3.考えると感じると思うの違いは何か?
4.さまざまな「考える」ことの共通点・相違点は何か?(「適度な思考」と「過剰な思考」はあるか?)
5.理論だって考えることを考えるというのか、それとも日常的に起こる様々な出来事をに対して取り留めなく考えるのも考えることなのか?(そもそも考えるとは、私達にとって、どんなことなのか?)


このなかから、今回は3つ目の「考えると感じると思うの違いは何か?」という問いから対話をスタートしました。


対話で出てきた意見

※個人が特定されない範囲で、当日出た意見を紹介します。発言された言葉そのままではなく、進行役の解釈・編集が入っています。

<使い分けの例>
・「この人嫌い」と感じる。→「どうして私はこの人が嫌いなのか?」と考え、記憶の引き出しから経験値を出す。→そこで出た理由について「私はこう思う」と思う。
・異性に対して「気になる」と感じる。→「つきあいたいな」と思う。→つき合いが長くなって「結婚しようか」と考える。

<感じる>
・感じるは主体的、直感的で、他の2つより個人が単独で行っている感じ
・感じるは受動的
・感じるは身体全体もしくは丹田のあたりで感じている
・身体で感じるとはいうけど、身体で考えるとは言わない
・感じるは感覚的、感情的
・感じるは導入点、始まり、言語化する以前
・感じるということを自覚できたときには、すでに感じたあと

<考える>
・考えるは能動的
・問いを合体したり選ぶのは考えること。頭を使う、疲れる。
・頭にエネルギーが行っている。頭に集中を向けている。
・考えるは感じるより高度なもの
・考えるは判断をくだすこと
・考えるは結論を要求されている
・考えるは答えを求めていること
・考えるには目的がある
・考えるのは、好むと好まざるとにかかわらず、答えを出そうとする行為

<思う>
・思うは統合的
・思うのは心臓のあたり
・思うにはイメージするという意味の想うもある
・思うは脳の引き出しに置いておくこと
・思うは答えが出るまでのとりあえずの結論置き場
・思うはふっと湧いてくることもある
・思うは言語化したあと
・思うは認識のありよう、累積
・思うの順番は、感じるや考えるの前後に自由自在に動く、日々変わる
・思考というのは、思うと考えるとどう違うのか

<境界はあいまいなんじゃないか?>
・気になることがあってずっと考えてしまうようなとき、それは考えるではなく思うの状態ではないか?惑う、悩むなども近い表現。
・もやもやしているときは、考えるのような気がする。ただ、考えるのを止めようとしてもとまらない。
・考えても考えても答えが出ないようなこともある。そういうときは交じりあって区別できないんじゃないか?

<過剰な思考と適度な思考>
・考えるのは、自分ひとりで完結できてしまうし、コストがかからないため、過剰に考えてしまうとたちが悪い。
・否定的な自動思考は内へ内へと向かってしまう。
・適度な思考のときは、リラックスした状態で考えている。

2時間の対話を終えて

考えるについて考えていると、だんだんと頭のなかが言葉で飽和してきてしまいました。そこで、今日は付箋にメモをして、その付箋を動かしながらみなさんのお話を伺っていました。そのため上記の記録は、今回は時系列ではなく、要素ごとに分けています。

今日の対話では、みなさんがお互いに問いかけたり、具体例を出したりしながら、考えると思うと感じるの違いについて、個々人の実感が共有されていたように思います。時間が来た時点で何かが明確になったわけではないですが、冒頭にそれぞれの方が感じていた「自分にとっての考える」は、対話を経たことで、より広がったり、深まったり、切り込んだりできたのではないかと思います。


次回開催の予定

次回は10月23日(土)10:00~12:00です。詳細・お申込みは下記からどうぞ。


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大前みどり

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対話ファシリテーター、ワークショップデザイナー。考えたこと、体験したこと、学んだこと、記憶の断片の記録。