見出し画像

自分から見た風景ではなく、風景の中に自分を観る

長田弘さんの『なつかしい時間』という本を読んでいる。

NHKテレビ「視点・論点」に長田さんが出演した際に語った内容が、数十のエッセイとしておさめられている。

言葉を、ガラスのように繊細に扱う詩人の長田さんのメッセージは、1つひとつがずっしりと響いてくるため、だーっとまとめて読むことはできない。その響きをしっかり味わうために、毎日数篇ずつ読み進めている。


この本では「風景」が、大きなテーマのうちのひとつとなっている。

いつしか若い世代の流行り歌に、風景がうたわれることがなくなって、風景は消失し、歌の世界にのこったのはとめどない感情です。風景の感覚が見失われて、見失われたのは、風景のなかに自分がいるということの自覚です。
(「大切な風景」から)

読んでいてはっとさせられた。
最近の曲の歌詞を見てみると、たしかにそうだ。

でも、はっとしたのは、自分自身について。
考えることや、内面を感じることを大切にすると、周りとのつながりがおろそかになりがちだ。周りというのは、人間だけじゃなく、自分をとりまく全てのもの。

「風景の中に自分がいる」

当たり前のように思えるけれど、内面のことにフォーカスするときは霞んでしまっていた。


3月から毎日、今の騒動についての祈りの意味で、神社とお寺へのお参りを続けている。と同時に、自然のなかに身を置くこともまた、1つの目的になっている。

寺社には自然が多い。人工的に設計された自然の形かもしれないが、高々とそびえるご神木、季節の木々や花々、そこに集まる鳥たち・虫たちが、その護られた空間のなかでひとつの「場」になっている。

昔からこの土地を守ってきてくれた神社や寺院という「場」のなかに自分がいると、肥大した自己意識がしゅるしゅるっと適正なサイズに戻っていく。なんなら境界が曖昧になり、まわりの自然のなかに溶け出して混じり合っていくように感じることもある。そんなとき私は、こんな風に語りかけられているのだろう。

街歩きに、目的はありません。そこを、自分が、ゆっくりと通りぬけてゆく。そのとき、その風景がくれる感覚、音やにおい、色彩、時の感触、そういったものなどから語りかけられているという深い印象。そういったことが一瞬の記憶となってまざまざとのこる。
(「街を歩こう」から)


お参りのあとは、いつもこの東家で10分ほど過ごしている。

画像1

呼吸をしながら朝の陽の光を浴び、その日によって異なる強さと向きの風を頬や髪で感じ、鳥たちのさえずりを聴き、木々のざわめきを聴き、遠くの電車の音や車の音を聞く。

幸いなことに(?)、これまでここに人がいたことはなく、朝ここで過ごす時間が私にとって癒しの、そして心を洗って整える、貴重な時間になっている。

室内を出るということは、自分の心の外に出るということです。自分の心の外に出て、外の情景のなかへ自分から入ってゆく。街歩きを楽しむには、目をきれいにし、耳をきれいにし、心もきれいにしなければ、何にもならない。
(「街を歩こう」から)

私はもともと内向的だけれど、今の時期、特に書くことをしていると、内に内に向かってしまうことも多い。毎朝のお参りの時間が、はからずして心の外に出る時間となってくれていたのだな。


数年前、屋久島の縦走に参加した。山のなかでのテント泊だったので、通常の日帰りで縄文杉を見に行く人たちがいくルートとは全く異なるルートを取った。4日間の間、すれ違った人は数えるほど。一緒に行った3人だけでほんとうに周りに誰もいないという時間が大部分だった。

画像2

海でも山でも、雄大な自然を前にすると誰もが、自らをちっぽけな存在で、自然のごく一部だなあと感じるだろう。それは当たり前のこと。

毎日の、日常の、手の届く範囲で、風景のなかの自分を感じるようにすることが重要で、同時にメタな視点が磨かれることにもなるのだろう。

私から見た自然ではなく、自然から見た私を観じる。

これは、自意識から出るための、儀式みたいなものだ。

以前の記事で、妄想(思考)に支配されたときは「感覚」を意識することで、「今ここの自分」に戻ることができると書いたけれど、

その「今ここの自分」の1つ外側から、「風景の中の、今ここの自分」を観じることできると、いろんなことの意味づけが変わるのじゃないだろうか。

いつでも自在に、今ここの自分と風景の中の自分を、行き来できるといいなと思う。


最後に。
長田弘さんの作品のなかに「最初の質問」という詩がある。
中学校3年生の国語の教科書にも掲載されているらしい。
いせひでこさんのやさしい絵とともに、絵本としても発売されている。

この詩には、風景のなかの自分を思い出させてくれる、いくつもの問いかけが並んでいる。

その問いかけを一部紹介して終わりにしたい。

今日、あなたは空を見上げましたか。
空は遠かったですか、近かったですか。
雲はどんなかたちをしていましたか。
風はどんな匂いがしましたか。
このまえ、川を見つめたのはいつでしたか。
砂のうえに座ったのは。
草のうえに座ったのはいつでしたか。
世界という言葉で、
まずおもいえがく風景はどんな風景ですか。
いまあなたがいる場所で、
耳を澄ますと、何が聴こえますか。
沈黙はどんな音がしますか。

画像3



今日も、ここまで読んでくださって、ありがとうございます。





※以下の本から引用しました。



サポートいただけたら跳ねて喜びます!そしてその分は、喜びの連鎖が続くように他のクリエイターのサポートに使わせていただきます!