熱
葬儀場のスタッフが静かに点火ボタンを押すように私に促した。
よく晴れた平日の昼下がりだった。△▽家の葬儀は私だけだったが、会場には私以外にも別の家族が葬儀に来ていて、火葬場はさざなみが立つような静かなざわめきに包まれていた。
私は促されるままに点火ボタンを押して最愛の人の身体と別れを告げた。
両隣の家族が待合室へぞろぞろと移動する中、私は最愛の人が閉じ込められた小さなドアの前から離れられなかった。
この中で私の大切な人が跡形もなくなるほどの炎の中で燃えている。
火葬路の扉は分厚く、向こう側の様子は全く伝わってこない。
私はただ何をしたらいいのか分からなくてそこに立ち尽くしていた。
悲しいのか、悔しいのか、感情が湧かなかった。私の心はぽっかりと穴が空いた様になっていた。
1時間ほどが経過して、両隣にまた人が集まってきた。
私の大切な人の火葬も同じほどの時間に終わった。
目の前に台車に乗った焼け焦げた骨を見せられる。
スタッフが小さくてツルリとした骨壷を持ってきた。
骨の部位のひとつひとつを丁寧に説明して、とても親切な人だった。
私は説明された骨のひとつひとつを、冗談みたいに長い箸で摘んで拾った。
「全部は入り切らないので、それぞれの部位をひとつずつだけおさめましょう」
拾った骨は潰さず、入る分だけ。
そう言うスタッフに私は短く「はい」とだけ答えた。
そして、私よりもずっと背丈の大きかった人を膝に抱えて、私はタクシーで家に帰った。
隣の座席に写真と書類の束と自分の着替えを乗せて、タクシーの運転手は私から住所だけ聞いて車を走らせた。
家に着くと自然と「ただいま」の声が出た。
靴を脱ごうとして、そこにまだ故人の靴があるのを見つけた。
その靴を見て、私の目から初めて涙が溢れた。
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