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揺るぎのない青

 青が好きだ。明るめの青。いや、それ水色だ。でも、空の青に胸を打たれる。空の青って水色だっけ。いや、そんなこともない。

 いつの日かピンクではなく、青に惹かれていた。時折その理由を頭の片隅でぼんやり考える。青でなければならない理由。青に染まりたい理由を。ぐるぐると考えていると、どこかに連れていってくれる色が青だという結論に至る。つまり、青を好きになることで無意識のうちに心の旅が始まると思っているのかもしれない。どこへ行くのか分からずただ彷徨い続けた日もあった。しかし今となって分かる。それは旅だった。青とは、旅。

 旅は電車や飛行機などの交通機関を駆使してどこかへ行くことを意味するだけでなく、日々揺れ動く感情に身を任せることや、思いもよらぬ出来事に遭遇し、立ち向かっていくこと、あれこれと思いを巡らせながら、試行錯誤しながら生活することも「旅」であると、この頃は認識している。見えぬ汽車賃、シートベルト、運転手が側にいながら、私たちは旅をしている。こうして、何気なく息を吸って吐いていても、燃料は胸のどこかに蓄えられてある。

 何かに向かう途中で、様々な景色と出会う。雨で濡れた花びら、そこに日が差して煌めく雫、爽やかな風、豊かに実る穂、鮮やかな実をつけた果実。そこには確かに人のぬくもりがあって、悲しみがあって、苛立ちがあって。景色の中に映る無数の人影が立ち止まっては歩き、歩いては立ち止まり、時々深呼吸をする。柔らかな眠りの中で、ゆらりゆらりと時間は流れる。その時間の中で自分もいつしかそこへ行きたいと思えるような場所と巡り合い、強く願ったり、時に無力感に苛まれたり。それらを繰り返してるうちに、遠くからメロディーが聞こえてくる。それは、発射のメロディー。次の場所にいくための音。歩きたくない人、歩きたい人、走りたい人、そんな気持ちにはなれない人。不安と希望が入り混じる中、皆一斉にそのメロディーを聞く。涙を流しながら乗車する人もいれば、誰かによって背中を押されている人もいる。どんなに後ろめたくても最後は自分の力で乗り上げる。「せーの、よいしょ」のリズムで。

 次の駅に到着したとき、新たなメロディーが流れ、乗客は一斉に華やかなメロディーに耳を傾ける。美しくも悲しいメロディー。でも、そのメロディーは聞く人によって異なる。隣の人は、あなたのメロディーは知らず、隣の人あなたのメロディーは知らない。あなただけのメロディー。その奏をあなたという楽器で鳴らし始めるのはここから。


 

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