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【恋愛】通話の終わり

雪林檎です。
今日も今日とて軽く恋バナしましょう。



一言

ずんだ餅かなと思ったらずんだあんのみでした。


彼氏のC君との通話

雪林檎とC君は現在雪林檎の家で一緒に生活をしているので、どちらか片方が帰省したときなんかに通話をすることがあります。

今年もお盆に際して二人共帰省しました。今回は、C君は先に帰省して、彼が帰ってきたら今度は雪林檎が帰省するという形になりました。雪林檎の帰省は、お盆を過ぎた辺りになってちょっと遅かったんです。

C君が帰省しているときに一回、雪林檎が帰省しているときに二、三回ほど通話をしました。音声通話もしましたし、ビデオ通話もしました。つくづく、通信に関しては良い時代に生まれたものだと思います。

もっとも、通信環境が整備されたせいでどこでも仕事ができるようになって迷惑被っている方もいらっしゃることだろうとは思いますし、遠距離恋愛というものは現代でもあまり好まれないことが多いかと存じますが。

このように、誰でも気軽に通話ができるようになっているわけですが、C君と通話をしていて、かねてから思っていたけれどもやっぱり思わずにはいられないことがあったので、今回はそれについて書こうと思います。



見失った末路

通話をするとき「ちょっと通話できる?」「少し声が聞きたい」「一瞬離したい」とまぁ、こんな風に気軽に誘い誘われ始まることが多いです。

始まるのはいたって軽い調子で、お互い喜んでその誘いに応じていると思います。

でも、問題は始め方ではなく切り方だと思うんです。

通話を始めると再現なく時間が経ってしまうことがしばしばです(苦笑)通話を始めるために必要なエネルギーよりも、通話を終わらせるために必要なエネルギーの方が段違いに多いと思っています。

これは、雪林檎とC君が付き合う前からそうでした。仲が大変よろしい証拠だとは思うのですが、夜寝る前に通話を始めたら、そこからの所要時間が長いこと長いこと(笑)
何度予定時刻を超過したかわかりません。

そんなことが日常茶飯事だったので、お互いに「今日は本当に早めに切り上げよう」「何時間って決めよう」と言い合っていた気がするのですが、結局長引いたことの方が多かったと記憶しています。

まぁ、先に書いた通り非常に喜ばしいことではあるのですが。



切り時きりどき

未だに、切り時についてはわからないなぁというのが正直な感想です。C君と話している時間は楽しいですし、話していない時間も心地いいんです。例えそれが電話越しでも、無言の時間が苦じゃないので困ったものです。

最近はそんな無言でも繋いだままにしておくということは珍しくないかと思います。雪林檎も最初はそんな文化?現象?行動?に驚いていましたが、今はちょっとその気持ちがわかります。

正直時間を使っているので褒められたことではありませんが、C君との通話が好きだということもまた事実です。それこそ、こんなことが起こるのでなるべく遠距離にはなりたくないなぁと思います。

切りたいけど切りたくない、そんなところなんです。



それ以外

切り時を見失うのも通話終盤の困った点ではありますが、それ以外にもう一つ、通話の終盤が苦手な理由があります。

それは、相手が、そして時にお互いに疲れてくることです。

通話をするのは大抵が夜、それも寝る前です。通話が長く続くとそれなりにお互い体力を消耗していきます。C君が明らかに眠くなっている・疲れてきている様子を目の当たりにすると、流石に申し訳ない気持ちになりますし、雪林檎に付き合わせてしまっているかなと不安にもなります。

そんなわけで、通話はお互いそれなりに元気な状態で、少しばかり名残惜しいくらいで終わるのがちょうどいいのかもしれないとも考える今日この頃です。

何事もほどほどが一番だと常々思っています。



ありがとうございます

今日はこれくらいにしましょうか。
それでは、またお会いできればと思います。

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