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スンドゥブを作ったらあさりに愛着が湧いた

日曜日は料理に挑戦する日だ
今週はスンドゥブを作った

これね
至高のやつ

アサリを使うレシピで、昨日のうちにスーパーで買っておいた
砂抜きが必要だったんだけど、ネット記事の情報がまちまちで、最終的にYouTubeを参考にした

3時間砂出し→3時間放置、で旨味が増すという
今日になってから調べたので、料理の取り掛かりが4時過ぎになった

調べて知ったけど、アサリは1〜2日は生きたままらしい
実際、今日の砂出しやその後も、元気に水管を出していた

昨日からずっとアサリを見ていたら愛着が湧いた
口を開けたり閉じたりして、指で触ると水管を引っ込めたりしてかわいい

砂抜き時に味の素を入れたので、調理される前に少しでもいい気分が味わえたのなら幸いだ

調理自体はシンプルで、片手鍋で食材を炒めて、水と調味料を加えて煮るだけだった
15分くらいで済んだな

味はとにかくダシが効いていて、旨味が強かった
ニンニクとしょうがも効いていて、これがリュウジさんの好みなのかなと思った

外で食べるスンドゥブはストレートに辛さがくることが多い
今回のは先に旨味が来て、新鮮な感じがした

また、生のあさりを使ったからか、あさりの身の味がすごかった
コチュジャンに負けない香り高さを誇った

まだちょっと残っているので、明日ご飯と一緒に食べようと思う



「自分のために生きる」というのは、成り行きではなく選択なのだなと思う

いや、正確には、成り行きの人もいる
そういう親に育てられた人は、自然にその生き方をするようになる

でも、そうでない人にとっては、自分のために生きることは自明ではない
むしろ、価値観に反するものだと思う

親がそう思っていなければ、子も自然にはそう思わない
また、日本社会では家や国のために生きることが理想とされやすく、自分のために生きることが強調されることはない

そんなわけで、自分のために生きるには、自分でそれを選択するしかない
そして、俺はそれを選びたい

「それを自分で選んでいる」という認識は、俺に力を与えてくれているようだ
「選択すること」それ自体もまた、自分のために生きることの一環なのかもしれない



じゃまたね
読んでくれてありがとう



(よければなんでも送ってね)

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