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アブストラクト・ジャングル

Vampilliaとのコラボレーション作品や来日ツアー、Daymare Recordingsからの日本盤CDのリリースで日本にもファンが多いアメリカのスラッジ/エクスペリメンタル・メタルバンドThe Bodyのライブサポートを務めるZac Jonesが、双子の兄弟であるIsaac Jonesと結成したユニットMSCによるアルバム『What You Say Of Power』(2021年/ First Terrace Records)は、自分のような捻くれたリスナーにとって救いの手を差し伸べてくれるような有難い作品であった。

リリースから少し遅れた今年1月に『What You Say Of Power』を聴いたのだが、自分が求めていた理想の音楽と世界観が詰め込まれたこのアルバムにとても感動した。

レーベルのインフォメーションによると『What You Say Of Power』は、ノイズとジャングリズムに内在する「至福の可能性」に耳が傾けられている、と記載されていた。今作はクラシックやドローン・アンビエントと共に、ジャングルが所々で登場する。レーベルのインフォメーション通り、ノイズとジャングル/ジャングリズムがアルバムの中心的なテーマとなり、それらが合わさった時、『What You Say Of Power』に混在する混沌とした心地よさと刹那的な衝動を強く感じることが出来た。
美しく重厚なストリングスとノイズに包み込まれるドローン・アンビエントの曲も非常に素晴らしく、静と動の入れ替わりの瞬間に今作の本質的な部分を見出せる気がする。

Zac JonesはThe BodyのLee BufordとのユニットManslaughter 777としても2021年にThrill Jockeyからアルバム『World Vision Perfect Harmony』をリリースしており、ダブ、ジャングル、ヒップホップをサイケデリックなディストーションに通してかき混ぜてストーナーさせたポスト・イルビエントとも呼べるような名盤を作り出している。Death Gripsのハイスピードなバッドトリップ感とRas Gのコズミック感が融合したような曲は、気分が上がりも下がりもせずに低空飛行のまま微睡めて、内向的な快楽主義者達を肯定してくれるみたいであった。

MSCとManslaughter 777のプロダクションはバンドマンとして活動しているだけあって、ダイナミックな音の作り込みやドラムの処理が非常に良い。双方のプロジェクトでジャングルにフォーカスしているが、良い意味でジャングルのフォーマットから外れたレフトフィールドなジャングルが出来上がっている。MSC『What You Say Of Power』収録の「Home 2 God」と「Borehole」を聴いた時、これをジャングルと感じる人は少ないかもしれないが、ジャングルのフィーリングやバックグラウンドを読み取ることは難しくないはずだ。

自分はこういったジャングルの形態から外れながらも、ジャングルに強く影響を受けた奇怪なジャングルを「アブストラクト・ジャングル」と勝手にカテゴライズしている。アブストラクト・ジャングル自体はずっと前から海外のレビューなどではよく使われており、ジャングルを極端に再構築したような実験的な曲や、無意識にジャングル化していったような曲にアブストラクト・ジャングルという言葉がはめ込まれていたように思う。
最近だと、izeの存在そのものがそんな感じだ。izeのプロデュースを手掛けるAceMoはエレクトロ、ハウス、そしてジャングルのEPもリリースしている。


イギリスのSlave To Societyが去年12月に自身のBandcampでリリースした『Chasing Shadows EP』は、パワーエレクトロニクスやブレイクコアの手法を取り入れながら、ノイズとジャングリズムを中心に掛け合わせ、双方の快楽要素を増幅させたアブストラクト・ジャングルといえる音源であった。ライブセットでも、ノイズとジャングリズムを軸とした構成の時もあり、個人的にSlave To Societyは現代のアブストラクト・ジャングルの代表者であると見ている。

ノイズとジャングリズムという点では、MSCと同列の方向性を突き進んでいるが、Slave To Societyはダンスミュージックのバックグラウンドが強く、グルーブやアプローチがダンスフロアと直結している部分があり、ノイズに塗れていてもDJを介してコミュニケーション可能な音楽作品となっている。MSCはパーソナルな空間が強調されているようで、DJツールとしては正直不向きでもあるが、よりリスニングに特化した作品であると思う。


アブストラクト(Abstract)とは「抽象的」、「抽象的思考」、「抽象芸術。1910年頃から起こった芸術運動。描く対象に関する説明的要素を排除し、線・面・色の配合によって造型的に再構成するもの。」などとされている。
音楽ジャンルでいえば、90年代中頃から2000年前半に流行したアブストラクト・ヒップホップが有名ではないだろうか。比較的入手しやすい作品では、DJ Cam『Abstract Manifesto』、DJ Vadim『U.S.S.R. Repertoire (The Theory Of Verticality)』、DJ Krush『Meiso -迷走-』を聴けばアブストラクト・ヒップホップのカテゴライズが理解出来ると思う。
上記の意味を捉えればアブストラクト・ジャングルというカテゴライズが何となく分かって貰えるのではないだろうか。

アブストラクト・ジャングルというカテゴライズを最も表現していると思えるのが、ドイツのChristoph De Babalonだ。1997年にDigital Hardcore Recordingsからリリースされたアルバム『If You're Into It, I'm Out Of It』はダーク・アンビエント、ジャングル、ネオクラシカルの禁断の融合を実現させた名盤中の名盤。
Digital Hardcore RecordingsのオーナーであるAlec Empireは今作をレーベルのカタログの中でも特にお気に入りであったと語っており、Thom Yorke(Radiohead)は「自分の持っているレコードの中で最も脅威的な1枚」と称した。そして、何よりもアルバムのタイトルである『If You're Into It, I'm Out Of It』は、余りにも的確で未だに自分の心を掴んで離さない。ブレそうになった時に思い出す言葉の一つである。

『If You're Into It, I'm Out Of It』が数年前にRashad Beckerのリマスタリングを施して再発されたのをキッカケに再び注目を集めていたが、同じくらいに重要なのが同年にリリースされていたEP『Seven Up』である。『If You're Into It, I'm Out Of It』よりもジャングルの要素が強く、Christoph De Babalonの攻撃的な部分が浮きだって聴こえる。
『If You're Into It, I'm Out Of It』と『Seven Up』は同列の世界を共有しているようでもあり、この二つを聴いて理解出来るものがある。

アブストラクト・ダブ・サウンドシステムと呼ばれているアメリカのSeekersinternationalが2016年にリリースした『RaggaPreservationSociety EP』は頭をカチ割られる程の衝撃を与えてくれた。
ターンテーブリズム/ターンテーブル・カルチャーから派生して結成されたという彼等は、そのルーツを活かして様々な音と文化をコラージュし、文脈そのものを塗り替えるのを得意としている。『RaggaPreservationSociety EP』はダンスホールとジャングルをずたずたに切り刻んで乱雑に繋げたフランケンシュタインのような曲が収録。歪に聴こえるかもしれないが、これ程までに美しくダンスホールとジャングルへのリスペクトと愛を自分達の手法で表現した作品も稀だろう。
2021年には続編『Ragga Preservation Society - Worldwide Sound』がリリースされている。

2016年というと、Different Circles、Tri Angle、Keysound Recordingsがエクスペリメンタルなベースミュージックの道を切り広げ、ウエイトレス・グライムが出て来ていた頃。モジュラーシンセのムーブメントと同調し、ダンスミュージック・シーンにIDM以降の実験ブームが沸き起こっていた。
ブロークン・テクノ以降の液状化して何者にも囚われなくなったテクノ、ダブステップ、ドラムンベースなどが溢れ、個人的な意見としては、中には音楽として成立していないと思える寸借なエクスペリメンタル・ミュージックもあり、自分の中でも判断の基準がぐらついていた時期であった。そんな息苦しかった時にも、ENA、Mumdance、Seekersinternationalのように明確なビジョンを持った作品によって救われていたのを思い出す。


究極にそぎ落としたミニマルな構成と、音と音の間を楽器のように扱うRaimeは音源作品とDJセットを完全に切り分け、DJではダンスホール、ジャングル、UKガラージをプレイするダンサブルなスタイルであった。そういったRaimeのDJセットを反映させたYally名義でのシングル『Dread Risk / U-Eff-O』はドラムンベースの硬質さと、ジャングルのマッシブさだけを抽出して組み立てたようなアブストラクトな作品であった。

Yally以前には、Akkordも似たようなニュアンスの曲を残しており、こちらの方向性はOvermonoが引き継いでアップデートさせている。


冒頭のMSC、Manslaughter 777と同じく、バンドマンによるジャングル・トラックにはアブストラクト・ジャングルと呼べるものが多い。
Kilbourne、Limewax、Dev/NullのEPやアルバムをリリースしているアメリカのEvar RecordsのオーナーであるTrickfingerことJohn Fruscianteは、Red Hot Chili Peppersのギタリストとしても有名であるが、電子音楽家としての活動も古く、ジャングルやブレイクコアからの影響を反映させた作品を幾つか残している。

2020年にVenetian SnaresのレーベルTimesigからリリースされたアルバム『Maya』はジャングルとブレイクビーツ・ハードコアからインスパイアされたという内容で、現行のジャングルやハードコア、Post Raveともシンクロした傑作であった。

John FruscianteはVenetian SnaresとChris McDonaldとのユニットSpeed Dealer Momsでも作品をリリースしており、ライブパフォーマンスも行っていた。John Fruscianteのインタビューを読むと、彼の電子音楽家としての一面に最も影響を与えているのはVenetian Snaresというのが解る。
Venetian Snaresの音楽を形成する上でジャングルの要素は欠かせない。活動初期からハードで捻じれたジャングルを披露しており、Venetian Snares印の狂ったビートの展開によるジャングルは中毒性が高い。


Trickfingerとしてはアナログ機材の持ち味を活かしたアシッド色の強い作風であるが、John Frusciante/Trickfingerの両作に通じるのがブレインダンスだ。John Fruscianteはジャングル、ハードコア、ブレイクビーツにインスパイアを受けていると話しているが、それ以上にブレインダンス的な作品に強く影響を受けていると思われる。

John Fruscianteのようにバンド的なニュアンスを含んだブレインダンスの文脈からアブストラクト・ジャングルの重要作を探すと、SquarepusherがDuke Of Harringay名義で1995年にリリースした『Alroy Road Tracks』と、翌年にSquarepusherが手掛けたFunki PorciniとDJ Foodのリミックスが真っ先に思い浮かんだ。

Fact Magazineに提供したミックスにも表れているように、ブレイクビーツ・ハードコア~初期ジャングルに多大な影響を受けているであろうSquarepusherであるが、ストレートにその影響を表すことはせずに、捻った形でジャングルを自己流にアレンジして表現し続けている。以下でピックアップした曲は、ジャングルのファンキーな側面を過剰に倍増させ、高速でフュージョン化させたような仕上がりになっている。ジャングルを下地とした新しい何かが感じられるという意味で、Spymania期を筆頭としたSquarepusher関連の初期作品の中でも重要度が高いと思われる。

上記二つのリミックスがリリースされた年にLuke VibertはPlug名義でアルバム『Drum'N'Bass For Papa』をリリース。今作はWagon Christ、Vibert / SimmondsなどのプロジェクトでLuke Vibertが展開していた丸みのある音色のメロディや、シンプルかつ複雑に進行するブレイクビーツがジャングルのフォーマットの中で重なった非常に実験的な側面も強いアルバムだ。
アートコア以降のインテリジェンス・ドラムンベースといったカテゴライズに『Drum'N'Bass For Papa』は入れられていたりもしていたそうだが、ドラムンベースの手法やパターンも部分的に感じられるが、ジャングルの要素が大きい。

Plugは10年後の2006年にアメリカのジャングル・レーベルRewind Recordsから突如『Here It Comes EP』をリリースし、2011年には90年代に作られていたPlugの未発表曲を集めた『Back On Time』を税金対策の為にリリースした。

Plugとしてリリースされる曲に一貫して感じられる、つんのめったようなビートの展開、BPMや速度感が狂うような細かいビートの配置と処理、ファニーでシンプルなサンプリングのループなど、これらの要素は現行のアブストラクト・ジャングル/ドラムンベースにも似ている。
Plugとは逆に、Amen Andrews名義では、ゆったりとした後ろに倒れるようなベースとアーメンのグルーブや、時にシリアスでハードな側面も見せるジャングルの本質に迫った曲を発表している。

ブレインダンス文脈では、Bogdan Raczynskiの迷作『'96 Drum n Bass Classixxx』も見逃せない。全12曲すべてに別々のアーティスト名が付けられており、Bogdan Raczynskiらしい落ち着かない高速な躁鬱ビートが巻き散らかされ、ジャングルやドラムンベースをぶっ壊しまくっている。今作収録のAbdullah K「Trip To The Boom」はDJ ScudのAmexからSociety Suckersとのスプリットで12"レコード化もされている。


ストレートに王道なジャングルを模範にしつつも、結果的にアブストラクト・ジャングルといえる作風になっているものには不思議な魅力がある。

UKらしいハードなアーメン・ドラムンベースを軸にプログレッシブでジャズ的な展開や、グリッチの要素を入れ込んだ実験的な曲をクリエイトしていたdgoHnは、2016年にリリースしたEP『All The Fuckin' As』でジャングルのアグレッシブな側面にフォーカスし、ドラムファンクやダークコアといった要素もミックス。今作以降、dgoHnはアブストラクトでアグレッシブなジャングルの道を押し広げていく。dgoHnに刺激されたのか、BeatwifeはRognvald名義で彼と同じ方向性のジャングルを追求し、彼等は短期間で多くの名作を残した。

イタリアのKuthi Jinaniは、Logosの奇形グライムやShapednoiseのインダストリアル・テイストからの影響をジャングルと同化させた歪な傑作『Fish Lair』をリリースし、Christoph De Babalonに通じるアブストラクト・ジャングルを披露している。

キリがないので、そろそろ最後にする。
アブストラクト・ジャングルの最高傑作といえば、我等が日本のサイケアウツが1997年にリリースした『ヴァーチャコア』だろう。
全曲素晴らしいが、特に「Kaos Future To クラナカ (不確定性 Mix)」と「God Eater (戯論寂滅 Mix)」は本当に本当に凄い。えぐられるような暗黒的なベースと、乱舞するアーメン・ブレイクがインダストリアルな質感でコーティングされ、ジャングルであるがジャングルではない、形容出来ない曲を生み出している。これこそがアブストラクト・ジャングルじゃないだろうか。

自分の記録の為に長々と記録を残してみたが、やっぱり自分の好きなものは昔からまったく変わらないのを実感出来て良かった。ここまで読んでくれている方がいるとしたら、何か一つでも好みに当てはまるものがあったことを願う。


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