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鳥取砂丘は宇宙!?壮大なポテンシャルと足元の現実をどうすり合わせるか、それが問題だ|山陰事業創出ワーケーションツアーレポート・後編

「第1回山陰事業創出ワーケーションツアー」2日目は米子市へ会場を移しました。鳥取市から米子市へは、県の東部から西部へ日本海沿いの国道を約1時間30分。途中でランチを挟み(牛骨ラーメン美味しかった!)、会場となる『皆生温泉 東光園』に到着しました。

ここでは、米子市内の商店街活性化に取り組む『株式会社GOOD GROW』の亀井智子さん、皆生温泉エリアの活性化に取り組む『皆生温泉エリア経営実行員会』の諏訪さん、建築家の吉田さんから、地域での活動についてお話しを伺います。

「面白いことがあってデザインがちゃんとしてれば人は来る。」センスのいいカフェができたら、町に風が吹いた。

亀井さんは、デザイナー業のかたわら、今年4月、米子市内の商店街に『Goods & Cafe みっくす』をオープンされました。築130年の元薬局だった物件をリノベーションした“レトロかわいい”カフェで、地元の食材を使ったメニュー、ギフトショップやレンタルスペースも併設し、開業からまだ半年ながら早くも地元の人に愛されるスポットになっています。最近では周囲の空き店舗の利活用を相談されたり、同じように店をはじめたいという人も現れたりと、停滞していた町に賑わいという風が流れるようになったといいます。

出典:https://tottorimagazine.com/gourmet/goodscafemix/
出典:https://www.yonago.net/voice/interview_287

重要なポイントはデザインの重要性です。亀井さんは、当初デザイナーとして独立し商店街の中に事務所を構えた頃から、商店街の情報発信が十分ではないことが気になって、独自の発信をおこなっていました。そのなかで、「面白そうな取り組みがあって、そこにデザインがちゃんとともなっていれば人は来る」ことを発見したと言います。地方では、デザイン、写真、ディレクションなど、クリエイティブを担う若手プレイヤーが慢性的に不足しており、なおかつ支援や報酬も十分ではないことがよくあります。ただ、洗練されたデザインが地域活性化に欠かせないという理解が進めば、今後の行政支援を考える上でも、新規参入を考える上でも、侮れない要素になるかもしれません。

出典:https://tottorimagazine.com/gourmet/goodscafemix/

個人的にとても印象的だったのは、亀井さんが地域の課題に対して的確に次の一手を打ち、地に足をつけて前に進めていたこと。話しぶりが整理されていることもあって、その着実な歩みは爽快ささえおぼえるほどでした。当初は売却だった物件を賃貸にしてもらうように交渉し、室内に残っていた大量の薬瓶や什器を半年かけてコツコツと片付け、一連の経過もSNSで発信。工事段階から発信したことは、以前の薬局時代を知る人の心も取り込み、開業前からファンコミュニティを形成することに繋がったのではないでしょうか。商店街の理事になるといった一見面倒そうな役回りも引き受け、行政とも積極的にコミュニケーションをはかることで、米子市と地元金融機関が設立したまちづくりファンド活用の第1号として投資を受けるなど、資金面にも繋がったはずです。ご自身は飲食店の経営どころか、早くに結婚されたこともあり社会人としての経験も少なかったといいますが、周囲に協力を仰ぎ、時に悔しい思いを抱きながら頭を下げ、身の丈にあったサイズでひとつひとつクリアしてきたことで『Goods & Cafe みっくす』は地域に風を起こす起点になったのだと感じました。

シャッター通りになってしまった商店街の利活用は、全国的な課題でもありながら一筋縄ではいきません。持ち主にとっては、すでに倉庫状態になってしまっている空き店舗を片付けるだけでも重労働ですし、貸した相手がご近所トラブルを起こしてしまう懸念から踏み切れないという声もよく聞きます。なかには持ち主が誰なのか行政も把握できず、借りたい人がいてもどうにもならないケースも。そのような現実のなかで、どのようにアプローチすべきか、亀井さんの歩みから学ぶべき点は多いように思います。

100年前につくられた温泉街の理想像。街は寂れても、あるべき姿に向かって矢を放ち続ける姿勢は息づいている。

後半は、まさに会場にもなっている皆生温泉(かいけおんせん)がテーマです。

皆生温泉は、かつては山陰随一の温泉街として興隆を誇っていましたが、近年では観光客数は年々減少し、コロナ禍も加わって苦しい経営状況が続いています。日本海の白砂が美しい景観をつくりだしている一方、海風にさらされ建物の老朽化が早いことも追い討ちをかけています。そこで2021年、「皆生温泉エリア経営実行委員会」が設立されました。米子市、旅館、観光協会、デザイナー、金融機関などで構成され、皆生温泉エリアの賑わい創出を目指して取り組んでいます。

ユニークなのは、温泉地の中心的存在である温泉旅館の改革を核とするのではなく、その周辺にある街路、駐車場、空き地、空き家、海岸などを活動の軸に据えていることです。たしかに、旅館業のビジネスモデルを短期間で劇的に改革することは現実的ではありません。それよりも、温泉旅館以外の環境、景観をととのえ、街の賑わい、周辺ビジネスを盛り上げることで「行ってみたい温泉地」にすることを目指しているのです。その取り組みは「ガイドライン作成」「日帰り駐車場の整備」「街角へのベンチの設置」「新聞の折り込みでニュースレターを発信」など地道なものばかり。それでも、猛スピードで矢を放っている印象で、置かれた状況は深刻ながらもどこかワクワクさせてくれます。

なぜそんなにも素早く施策が打てるのか…。その背景には、約100年前につくられたという「皆生温泉市街地設計図」の存在があります。当時の政治家であり実業家であった有本松太郎(1863年~1941年)が、自身の考える温泉街としての理想像を細密に描いたもので、温泉の配湯、街路整備だけでなく、鉄道建設、競馬場建設にまで至ります。実行委員会では、その計画を学び直すのと同時に、皆生温泉が時代の変化に合わせて、また自然の脅威に抵抗しながら常に計画的に街づくりを進めてきた姿勢をアイデンティティとすることで、「ビジョンに向かって実行を積み上げていく」という文化を共有できているのかもしれません。

その後のまち歩きでは、諏訪さん、吉田さんの案内を受けながら街路を実際に歩いてみました。約60mごとに区切られたグリッドは100年前の計画のままで、「あともう1ブロック先まで歩いてみようと思わせる距離」という説明に思わず納得。平坦で歩きやすい舗装路に、海の気配を頼りに歩けば迷うことはありません。この日は夕暮れ時のうらさみしい時間帯ではありましたが、角角に小さな商店の灯りがあれば、きっと楽しい散歩になるだろうなと想像できました。

まち歩きでは、他に利活用を模索している2つの物件も見せていただきました。ひとつは、『皆生温泉 東光園』が社員寮として使用していた建物。もうひとつは、いわゆる「ソープランド」として近年まで営業していた建物です。

『皆生温泉 東光園』は、1964年に建築家・菊竹清訓が設計した出雲大社をモチーフにした個性的な建築ですが、そのすぐ隣にある社員寮もおそらく同時代に建てられたもので、老朽化はしているとはいえ、古いアトリエのような風情を漂わせる味のあるものでした。ギャラリーにできるのでは?アーティストインレジデンスは?など想像が膨らみます。

もう1件の元ソープランドは、近年まで営業していたことに加えて今も管理が行き届いているのか、中はきれいに片付いていました。当然ながらこのような建物に足を踏み入れるのははじめてだったのですが、なるほどこうやってプライバシーを守っているのか…といった設備もありワイワイと楽しめました。風俗やサブカルチャーというものも、今となっては温泉街が育んだある種の日本文化の一部です。オフィシャルな研究や資料も少ないからこそ、このような建物は残されてなにかしらの形で活用されてほしいものと純粋に感じました。

一方で、これだけ大きな建物をリノベーションするには相応の資本力が必要になります。現在の法規に対応しつつ機能もデザインも兼ね備えようとすれば、新築に建て替えたほうがコスパが高いという見解は十分にあり得ます。既存の建物をあえて残す価値を見出し、そこに大きな投資をする決断ができるかどうか…。皆生温泉に関わらず、日本全国で起きているテーマなのではないでしょうか。皆生温泉エリア経営実行員会にとっても、経済的基盤は弱く、ある程度気長に投資効果を計算できるだけの資本力のある事業者に参入してもらうことは、今後の飛躍的な進化のためには必要不可欠とのことでした。現在の地道な活動の先に、このようなインパクトのある建物の利活用がシグニチャーとして実現される日が来ることを願います。

継続的な「関係人口の創出」に向けて

人口減少やプレイヤー不足に悩む地方にとって、「関係人口の創出」が重要な生き残り戦略になっているのは言うまでもありません。ワーケーションや旅行という体裁で好奇心だけに頼って人を呼べるのはせいぜい1〜2回まで。関係人口を増やすには、事業という継続的な「足を運ぶ理由」が必要とされる…というのが今回のツアーの根本的なきっかけであるわけですが、2日間のツアーを通して、商店街レベルのリアルな実情から宇宙規模の壮大なポテンシャルまでを見ることができました。振れ幅が大きいゆえに、どんなサポートが効果的なのか、どんな新規事業がスムーズにワークするのか、どんな事業規模が求められているのか、にわかには答えは出せないでいます。

一方で参加者同士は、予定していたワークショップだけでなく、食事やお酒を挟みながら、移動しながら、温泉に浸かりながら、各所でいろんなディスカッションをおこなっていました。なかには具体的な計画が持ち上がったものもあるようです。今後、第2回、第3回の開催を通して、また今回とは違う顔ぶれの企業や参加者にも鳥取を体験してもらい、より練度の高いプロジェクトが実現していくことを願います。

2日間の締めに乾杯!
皆生温泉からの日本海

参考
皆生温泉 東光園
Goods & Cafe みっくす
かいけラボ.
皆生温泉まちづくりビジョン

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