見出し画像

「日本昔話再生機構」ものがたり 第7話 小梅のままならない日々 5.(最終回) 乾 杯

『小梅のままならない日々/4. 昔話再生は面白い』からつづく

 「そのハヤトとかいう新人クンは、小梅ちゃんに『ちっぽけな工夫が楽しいと思い込んで、道具扱いされてることを忘れようとしてる』って言ったんだ」
「まったく、失礼な話ですよね。1年目の新米クローンに、クローン・キャストの何が分かるんだって話です」
小梅がジョッキから地球産ビールをぐいとあおった。
 小梅は、クローン人間養育所「くすのきの里」で小梅の「お世話係」をしてくれた先輩のM1750、茜の官舎に来ていた。茜はアルコールは全くダメだから、ビールとジョッキは小梅が持ち込んだものだ。

 茜がラムネ星人の好物「ラムネソーダ」のグラスを手に、小梅に微笑みかけた。
「でも、小梅ちゃんは、新人クンに言われたことが引っかかってる」
「まさか!」
「そう? 小梅ちゃんがお酒を持ってここに来るのは、頭の中がゴジャゴジャしている時だと思うんだけど」
 小梅は酔いが回ってとろけた目で茜を見た。
「先輩は、どぅ思います?」
「『どぅ』って、何のことを?」

「だから、その生意気クローンがあたしにほざいたことです。先輩も『アホ抜かせ』って、思いますよね」
 茜がラムネソーダで口を湿してから答えた。
「私は、新人クンの言うことにも一理あると思う」
小梅がジョッキを持ち上げ、テーブルに叩きつけた。
「先輩は、あのアホが正しいって言うんですか!」

「小梅ちゃん、気をつけて。ジョッキが割れたらケガするわよ。私は『一理ある』と言っただけで、『正しい』とは言っていないわよ」
「先輩のウソつき!『一理ある』は正しいって意味じゃないですか!」
小梅が素面の目に戻って、茜をにらむ。
 茜は、小梅が国語が苦手だったことを思い出した。いやいや、小梅は運動神経は抜群だったが、国語だけでなく勉強全般がパッとしなかった。

「小梅ちゃん、『一理ある』っていうのは、『正しいところも、なくはない』という意味よ」
「あのアホのどこが正しいんですか!」
小梅がジョッキのビールをあおる。
「その新人クンが言ったことを自分を納得させる理由がなかったらクローン人間をやっていられないという意味だと思うと、それは結構当たっていると思う」
「先輩、何を言い出すんですか!」
小梅がジョッキをテーブルに叩きつけ、ビールのしぶきが茜の顔にかかった。
「小梅ちゃんは、ラムネ星人と地球人が私たちのおかげで消えずに済んでいるくせに感謝が足りないと思うことは、ない? 私は、あるわよ」
「えぇっ!」
小梅は、腰を抜かしそうなほど、驚いた。
「あたしなんか足元にも及ばないくらい優秀な茜先輩がそんなこと思ってるなんて、あたし、信じられません」
「小梅ちゃんの期待を裏切って申し訳ないけど、思うのよ」
小梅はあんぐりと口を開けた。

「だけどね、『感謝が足りない』って言おうものなら、そのとたん、私は滅茶苦茶ケチな奴に成り下がってしまう。そう思うから、決して口に出さない。今は、特別。小梅ちゃんだけにする打ち明け話」
茜が微笑み、優しい目で小梅を見た。
「『ケチな奴に成り下がる』って、どういう意味ですか?」
「小梅ちゃん、私たちクローン・キャストは、なぜ昔話を演じていると思う?」
「そのために作られたクローン人間だからに決まってるじゃないですか」
「違うと思う。私たちは、ラムネ星人と地球人が宇宙から消えるのを防ぐため昔話を演じている。命を守っているの。人の命を守るのはそれだけで価値のあることなのに、感謝を求めるなんて、ケチ臭い。ラムネ星人と地球人から道具扱いされるのは癪だけど、自分で自分をケチな奴だと思わなきゃいけなくなる方が、もっと癪だわ

「茜先輩は、そんな風に考えてたんですか……」
「くすのきの里」以来25年間付き合ってきて、初めて知った茜の一面だった。
「私に言わせれば、その新人クンはケチね。心が貧しいと思う」
茜が他人を悪しざまに言うのを聞くのも、これが初めてだった。

「それから、私は、クローン・キャストの仕事が面白いという小梅ちゃんの感想に大賛成よ。『再生審査会』から渡された標準ストーリーはあるけど、標準どおりの現場なんて、ひとつもない。私たちは、色々な壁にぶつかり乗り越える工夫をして、一つ、また一つと昔話を再生していく。これって、スリリングな冒険だわ。私は、この冒険がすごく気に入っている
茜が特上の笑みを浮かべてみせた。

「さすが先輩。そうですよね。あたしたちは、毎日冒険の日々を過ごしてる。それに長く演じているうちに、いろんな工夫ができるようになって、自分がすごい奴になったって思えるのも、楽しいです。あ、優秀な先輩の前でドン臭いあたしがこんなこと言うの、恥ずかしいですけど」
「他人と比べる必要なんか、ない。自分が仕事が楽しくて、今の自分は昔の自分より出来る奴になっていると思える。それが何より大事
 ハヤトに批判されてから小梅の心にかかっていた雲が消え、心が晴れ晴れしてきた。茜先輩のところに来て正解だったと、小梅は思った。

「先輩、乾杯しましょう」
「いいけど、小梅ちゃん、ビールはここまでにした方がいいわよ。飲み過ぎ」
「先輩、せっかくいい気分なんだから、余計なこと言わないでください。カンパーイ!」
小梅がビールのジョッキを差し上げると、茜が
「クローン・キャストに乾杯!」
と高らかに言い、ラムネソーダのグラスを小梅のジョッキに突き当ててきた。

『第7話 小梅のままならない日々』おわり