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「日本昔話再生機構」ものがたり 第6話 乙女の闘い 10. 作 戦

『乙女の闘い 9. 明かされる真相』からつづく

「そういう背景があるのでは、ラムネ星人が運営する『日本昔話再生機構』が『昔話成立審査会』と癒着したことを、地球連邦政府は絶対に許さないでしょうね」
リンが言った。
「普通なら理事長以下、幹部全員がクビのすげ替えになるところです」
とスリナリ医師が言うと、育成部長が否定する。
「いいや、プロジェクト管理部長だけは居残る可能性が高い」

「それは、管理部長が立ち回り上手だからですか?」
乙女の問いに、育成部長が答える。
「それも、ある。そやけど、もっと大きぃ理由もある。地球人は、これまで『機構』の運営にはノータッチやった。『機構』の業務や内実にはうとい。ところで、『機構』の実務を取りし切ってきたんは、管理部長や」
「なるほど、地球連邦政府が『機構』を管理することになっても、今のプロジェクト管理部長だけは残留させる可能性が高いですね」と、スリナリ医師。

それだけは、ご勘弁願いたい
二人のラムネ星幹部の前で、つい、普段の口調が出てしまったほどに、乙女はプロジェクト管理部長を憎んでいた。
 部長が『鶴の恩返し』再生で苦境に立たされていた沙知の緊急避難申請を無視し続けたことを、乙女は知っていた。沙知を救出したコーイチに越権行為という審判をくだし、ラムネリウム鉱山に送った。
 地球連邦政府が新たにプロジェクト管理部長を任命することになった場合にどんな部長が来るか分からない。今の部長より、さらにひどい部長になるかもしれない。
 しかし、新任部長の悪行は未来の危険性の話だが、現部長の悪業は「目の前の、ここにある危険」なのだ。

「今のプロジェクト管理部長が悪質さは証明済みですから、彼の留任を阻止することには合理性があると考えても良いのではないでしょうか?」
スリナリ医師が言った。どうやら、乙女と同じ思いのようだ。
「それも、一理ある。そやけど、どぉやって奴を外すんや。わしは定年間際の窓際部長、センセはエエ人やけど、政治的な駆け引きが得意なようには見えへん」
わたしたちは、地球連邦政府が『機構』と『成立審査会』の癒着を疑ってスパイに調べさせていることを、つかんでいます
乙女は力のこもった声で言った。行動の自由がない乙女にとっては、この二人のラムネ星人幹部が頼みの綱だ。二人に逃げ腰になられては、困る。

「そうです。ミラ・ジョモレの自白の録音を持っている。それが、私たちの強みです。これを活かさない手はありません」と、リン。
「しかし、どう使うのですか? 『機構』の中で情報を開示しても、管理部長に握りつぶされるだけです」と、スリナリ医師。
「『機構』の外で、使うのです」
リンが澄んだ瞳に光をチラつかせながら言った。
「外って、どないするんや?」
『ラムネット』で公開します」
「『ラムネット』って、あの、携帯情報端末ネットワークかいな。あれは、統合政府の統制下にあって、政府に都合の悪い情報なんか流せへんで」
『闇ラムネット』を使います

「『闇ラムネット』?」スリナリ医師が訊き返す。
「ラムネ星人の若者たちが政府の目を盗んでお互いを結んでいる隠れネットワークです。特殊な暗号でやり取りしていて、統合政府は、その暗号を解読できずにいます。そのネットワークに、ミラ・ジョモレの自白を統合政府にも分かるように、暗号化せず生のままで流すのです。もちろん、ジョモレがスリナリ先生に触れたところは除外します」

 育成部長が目を閉じてうつむき少し考えていたが、顔を上げ、
「それは、エラいこっちゃで」
と、驚いた声で言った。
「『日本昔話再生機構』はラムネ星統合政府の機関や。つまり、ラムネ星人の税金で運営されとる。それなのに、納税者に対する情報公開が、全くされとらん。ラムネ星人の若者の間には、そのことに不満を抱いとるもんが大勢いるそうや。そりゃ、大騒ぎになるで」

「その『闇ラムネット』とかを通すと、大勢の人にジョモレの自白内容を伝えることができるのですか?」
乙女はリンに尋ねた。クローン・キャストは『闇ラムネット』どころか、『ラムネット』が存在することすら知らされていないのだ。
リンが答える。
「はい。携帯情報端末を持っていて『闇ラムネット』の使い方を知っているすべての人に伝えることができます。そして、『闇ラムネット』の使用者は、若者を中心にラムネ星の人口の4割に達していると言われています」

「そやけど、あまりに物騒な情報さかい、フェイクニュース扱いされるんちゃうか?」
「そうならないように、私が『闇ラムネット』に顔を出しセイレーンであることと、セイレーンの呪力を使ってミラ・ジョモレに白状させたことを説明した上で、録音を流します
「そりゃ、いかん。そんなことしたら、リンはんが統合政府につかまってまぅがな」
育成部長が慌てだす。
「大丈夫です。私の一族は、50年間、統合政府の目を逃れて生き延びてきたのです。私はネットで正体をさらしたくらいで捕まるほどヤワに出来てはいません」
リンが明るい声で言い切った。

「リンさんは、どうしてミラ・ジョモレに目を付けたと説明するおつもりですか」
スリナリ医師が問いかけ、リンが
「それは……」
と、答えに詰まった。
『裏ラムネット』には、私が顔を出し身分を明かします。行きつけのバーで労働基準監督官を名乗るミラ・ジョモレに接触されたが、怪しいと感じ、情報を渡すと言っておびき出し、正体と目的を聞き出した。そう話します」
「なるほど、センセがオトリ捜査をしなはって、ジョモレを自白に追い込んだ。そぉいう筋書きでんな。その筋書きだと、ほぼ事実どおりですなぁ。医者のセンセが自白を強要した言ぅたら、一般の人は、特別なクスリでも使ったものと思うやろ。巫女の呪力で吐かせた言うより、信ぴょう性があるわ」

「でも、そんなことをしたら『機構』は、黙っていません。先生の身の破滅です」
乙女が言うと、スリナリ医師は笑って答えた。
「私は、これまで『機構』の悪行を黙って見過ごしてきました。そのことを常に心苦しく思っていた。後ろめたかった。そのモヤモヤを晴らすことが出来て、しかも、ジョモレに一矢報いることができるのです。こんな絶好なチャンスを逃す手は、ありません」

「もし、誰かから、なんでジョモレのことを『機構』上層部に話さなかっのかと突っ込まれたら、どぉ返事します?」
「万一、上層部が悪事に加担していた場合、情報を握りつぶされるだけでなく、私の身も危ないと考えた。そう答えます」
育成部長がふむふむとうなずいてみせた。
「それで、行けますなぁ。ほな、ここはひとつ、センセに『漢(オトコ)』になってもらいまひょ」

「今の発言はセクハラです」
とリンが言った。育成部長が答えた。
「こぉいうときの『漢(オトコ)』いうんは、ガッツと志のある者っちゅう意味で、男女の別なく使いますのや。そやさかい、リンはんも、乙女はんも、立派な『漢(オトコ)でっせ」
「男性優位社会の名残りですね。あまり気持ちの良い表現ではありません」
リンはそう言ったが、乙女は、そういう『漢(オトコ)」であれば、そう呼んでもらって嬉しいと思っていた。

『第4話 スパイたち 6. カウンターパンチ』につづく