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「日本昔話再生機構」 第1話 ヘルプデスクの多忙 4. ハヤトの想定外

『ヘルプデスクの多忙/3.虎の巻』からつづく

 私が『鶴の恩返し』の《虎の巻》に取り組んでいると、頭上のモニター画面でピッ、ピッ、ピッと呼び出し音が鳴り出した。『花咲か爺さん』で苦戦しているM2105から緊急連絡だ。

「あぁ、ハヤト君、なに?」
沙知の救出案を立てることに専念したい私は、どうしても対応が荒くなる。
「どうもこうも、こんなです」
ハヤトが泣きそうな声で言い、モニター画面にハヤトの目に映っている状況が現れる。ハヤトの細長い口吻と、それを縛る太い縄が見える。縄の表面には小さな傷が見えるが、ハヤトの口吻にはもっと大きな傷がついて、血がにじんでいる。前足で縄を外そうとした痕だろう。新米クローン・キャストのハヤトは口輪をされて、パニックしてしまったようだ。

「ハヤト君、口輪は、そのままにしておきましょう」
「それじゃ、『ここ掘れワンワン』って、吠えられないですぅ~」
ハヤトが消え入りそうな声で言う。
「『花咲か爺さん』の犬は、吠える必要はないんだよ」
私が教えると、「えっ」ハヤトが驚く。
「『クローン人間養育所』の日本語の先生が『花咲か爺さん』の犬は『ここ掘れワンワン』と吠えるって言ってました」
と、続ける。

「現代の日本人も勘違いしてる人が多いのだけど、犬は、どんなやり方でも、お爺さんに宝のありかを教えさえすればいいんだ」
この説明は、正確に言うと、オリジナルの昔話どおりではない。オリジナルでは、犬はお爺さんに話しかける。クローン・キャストが変身した犬も、昔話再生の当初20年間は日本語のテレパシーでお爺さんに話しかけていた。
 ところが、急に頭の中に話しかけられ恐がって逃げ出すお爺さんが続出。「花咲か爺さん」の再生成功率が5%を超えなかったので、「昔話再生審査会」の標準ストーリーからテレパシーの記述が削除されたのだ。
 
 テレパシーの代わりに何を使えという指示は標準ストーリーにはないのだが、クローン・キャスト秘伝の《虎の巻》には「吠える」、「クンクン嗅ぐ」、「前足で土を掘る」の3つのどれかであれば「昔話再生審査会」から成立判定をもらえると書いてある。

 ハヤトは任務に就く前に《虎の巻》を読んでおくべきだった。もっとも、新米なので《虎の巻》があるのを知らなかった可能性もある。新米が《虎の巻》の存在を知っているものと周りの先輩たちが勝手に思い込んで《虎の巻》を教えていなかった事例が過去にもあった。

 その辺の事情についてはハヤトが無事帰還してから尋ねるとして、今は、ともかく現状の打開策だ。
「お爺さんと散歩に行くときは、放してもらえるのだろう?」
私が訊くと、ハヤトが
「いいえ。お爺さんに引き綱をつけられます」
町内会が生活騒音にうるさいことと言い、犬の散歩に引き綱を使うことと言い、「むかし、むかし、あるところ」にあるまじき世知辛さだ。

「では、強引にお爺さんを宝のありかまで引きずって行くしかない。そして、『クンクン嗅ぐ』と『前足で土を掘る』を両方やって、お爺さんの関心を引こう」
「はぁ……」
「できるね?」
「やってみますけど……」
なんだか頼りない返事が返ってきたが、沙知が命に危機にさらされているのに、これ以上ハヤトに構っている気になれなかった。
「じゃ、頑張って」
私は強制的に通信を切った。

〈『ヘルプデスクの多忙/5. 鶴の巻②』につづく〉

〈『クローン・キャスト沙知の危機 第2回』につづく〉