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「日本昔話再生機構」ものがたり 第6話 乙女の闘い 4. 秘 策

 『ヘルプデスク担当・乙女の闘い/3. 危険なデータ』からつづく

 乙女は思った。沙知はスリナリ産業医から彼女とコーイチの交信記録のメモリーを渡された。スリナリ産業医の手元にも同じ記録があるはずだ。
 産業医はプロジェクト管理部長のような権力者ではない。それでも、理事長直属の幹部職員ではある。スリナリ産業医なら、コーイチと沙知の交信内容を公にする手を見つけられないだろうか?
 
 だが、ヘルプデスクの沙知がスリナリ産業医と会うことは禁じられている。コーイチは、ヘルプデスク当直中の行動でラムネリウム鉱山送りになると決まったと割り切っていたから、禁を犯してスリナリ産業医を訪ねたのだ。
――そこが、コーイチと私では状況が違う。
コーイチの解放に向け、それが無理でも、プロジェクト管理部長と「成立審査会」の告発に向け道筋をつけるまでは自分は処分れるわけにいかないと乙女は思っていた。
――なんとか、スリナリ産業医に会う手段はないものか?
「そうだ」
頭にアイディアがひらめくと同時に、言葉が飛び出した。
「え? どうしたんですか?」
驚く沙知に、乙女は
「スリナリ先生に直接会って相談する。沙知さんの名前を出してもいいわね」
と答えた。

 乙女の昼当直が3日後に回ってきた。その日、乙女はついていた。3件の昔話再生が危機的状況にあったが、乙女自身が当直終了後直ちに査問にかけられるような荒業を使わずに収拾できた。
 当直交代のためヘルプグローブが下降し始めたとき、グローブ内の時計は地球標準時間で17時を指していた。ラムネ星人職員の退庁時間まで、まだ30分ある。

 乙女は体内の酸素生成機能を逆作動させ自分を酸欠状態にした。乙女は20年以上にわたる昔話再生の蓄積疲労で変身能力をほとんど失っていたし、仮に残っていてもラムネ星の上では作動しないのだが、酸素生成機能だけは十分に残っていて、しかも、ラムネ星上でも動かすことができた。
 「機構」がクローン・キャストにラムネ星上での変身とテレパシーを抑制する遺伝子操作を加えたときに、酸素生成機能の抑制を見落としたことが、乙女に幸いしていた。

 ヘルプグローブの出入り口が開いたとき、乙女はグローブの中で喉に手をあて喘いでいた。本当に窒息して死にそうな苦しさだった。驚いて入って来た交代のキャストに、乙女は苦しい息の下から「スリナリ、スリナリ先生のところへ」と訴えた。交代のキャストはすぐにスリナリ産業医に連絡を入れてくれた。
「先生はすぐに来る。頑張れ」
乙女より年長で髪に白いものが混じり始めた交代のキャストが励ましてくれた。乙女はうなずきながら、酸素生成機能を順作動させ窒息の危機から逃れた。
 
 3分後、スリナリ産業医がヒト型医療ロボット2体とストレッチャー型医療ロボット1体を連れて駆けつけると、乙女は、また酸素生成機能を逆作動させ酸欠状態を作った。
 ヒト型医療ロボットが乙女を抱き上げてストレッチャー型医療ロボットに載せると、ストレッチャー型医療ロボットが乙女の血中酸素濃度を計測し、合成音声でスリナリ産業医に伝えた。

「すぐに診察室で全身スキャンをし原因をつきとめて治療します。もう少し頑張ってください」
スリナリ医師が乙女に声をかけてきた。思いやりのこもった声だと乙女は思った。
 クローン・キャストの間でスリナリ医師が好評なのが分かる気がしたが、油断は禁物だ。スリナリ医師が何のためにコーイチの記憶をコピーしたのか不明なのだから。乙女はストレッチャーで運ばれる間に、酸素生成機能を徐々に順作動に戻していった。

 診察室に運び込まれたとき、乙女の呼吸は正常に戻っていた。スリナリ医師に「先生、私は、もう大丈夫です」と声をかけ、乙女はストレッチャーの上で状態を起こした。
「大丈夫なんかじゃない。スキャンと治療が終わるまで大人しく寝ていてください」
厳しい口調になったスリナリ医師に、乙女は
「交信記録のことで、お話があります。『鶴の恩返し』の鶴役・沙知さんとヘルプデスク担当の間の交信記録です」
乙女には、スリナリ医師がごくりとツバを飲み込む音が聞こえた。

〈『ヘルプデスク担当・乙女の闘い/5. 告 白』につづく〉