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「日本昔話再生機構」ものがたり 第6話 乙女の闘い 11(最終回)明日へ!

 乙女は官舎でカップを手に、時間が来くるのを待っていた。カップの中は地球産のコーヒー。特別なときに飲むため食品庫の奥にしまってあるものを、今日のために出してきた。
 時間がきた。
「育成部長、乙女さん、聞こえていますか?」
頭の中でリンの涼やかな声がした。
「聞こえています」
「では、これから実験を始めます」
リンが緊張した声になった。

 乙女の頭の中に何かが入ってくる感じがしたが、それは恐怖や不安を感じさせるようなものではなかった。
「乙女はん、わての声が聞こえとるか?」
「日本昔話再生機構」本部の執務室にいる育成部長が、乙女の頭に話しかけてきた。
「聞こえます。部長は、私の声が聞こえますか?」
「おぉ、よぅ聞こえとるで」
「部長、乙女さん、私の声も聞こえますね」
リンが言う。
「もちろんや」と、部長。
「やりました。3人がお互いにテレパシーでつながることに成功しました」
リンが弾んだ声で言った。

 前回、ミラ・ジョモレに自白させる作戦を練ったときは、乙女、スリナリ医師、育成部長の3人は診療室にいて言葉を発して話し合い、そこにリンがテレパシーで加わっていた。
 ところが、今は、リンを介して乙女と育成部長もテレパシーでつながっている。リンが、本部内でお互いの行き来が禁じられている乙女と育成部長がテレパシーで会話できるよう、この方式を編み出したのだ。
 まずリンが起点となってテレパシーを送らなければならないという制約はあるが、乙女も育成部長も、リンとの秘密の連絡方法を知っているので、相手と話し合いたい用ができたら、リンに仲介を頼めばよい。

 3人は、すぐにスリナリ医師について話し始めた。
「センセがあそこまでやりよるとは、思ぅとらんだ」
「スリナリ先生が、裏ラムネッとで、私たちクローン・キャストの過重労働を訴えてくださったことですね」
「センセは、本当にクローン・キャストの健康を心から願っとったんやな。それなのに、わしは、止むを得ん事情があるとはいえ、ノラリクラリあしろぅてしぅて、ほんに済まんことしたと思ぅとる」

【育成部長の言う「やむを得ない事情」は、こちら】

「先生は『機構』から厳しい処分を受けるのを覚悟で、『機構』がクローン・キャストのみなさんに過重労働を強いていることを訴えました。それなのに、一般のラムネ星人の間で大きな反響を呼んでいるとは言えない状況です。それが残念です」
リンが声を落とした。彼女は、一般のラネ星人に紛れて隠れ住んでいるので、街のラムネ星人の反応がよくわかるのだ。
「リンさん、それは仕方ないと思います。私たちクローン・キャストが活動を始めてから70年が経ちますが、その間、私たちの活動も『機構』の内情も、ラムネ星の一般の人たちには何一つ知らされていなかったのですから」

「これをきっかけに、クローン・キャストの皆さんと『機構』に関心を持っ人が増えてくれるといいのですが」
というリンの言葉を受けて、育成部長が
「ラムネ星統合政府の中では、えぇ方向の動きが始まりよったで」
と答えた。
「労働基準監督官の――ニセ者やのぅて、本物のな――チームが近く、『機構』に調査に入るそうや。統合政府がラムネ星人の人権団体から突き上げをくらって、動かざるを得なくなったそうや。一般のラムネ星人の中にも、心ある者はいてるんや」

「ですが、3ヶ月後には、『日本昔話再生機構』の理事長以下、主だった幹部は、みな地球人に取って替わられるのですよね、ラムネ星人が部長にとどまれるのは、育成部長、運航管理部長、福利厚生部長の3部長だけだと聞いています。育成部長が残ってくださるのは心強いですが、新しく来る地球人のプロジェクト管理部長が私たちをどう扱うか、心配です」
乙女は、周りのキャストたちの声を代弁して語っていた。キャストの間には不安が広がっているのだ。

「そやさかい、こぅして、心ある者(もん)――ちゅうと、わしは恥ずかしいんやが――が繋がって力をつけていこぅとしとるんや。これから、リンはんを介して、もっと大勢と繋がろうと思ぅと。リンはん、よろしゅう頼みまっせ」
「もちろんです。私に出来ることなら、なんでもお手伝いさせていただきます。乙女さん、『機構』の中でクローン・キャスト、ラムネ星人を問わず『機構』をより良い職場にしていきたいと願っている人を集めて、地球人支配に対抗できる力をつけるのです。一緒に頑張りましょう」
スリナリ医師の話しでは沈みがちだったリンの声が明るさと張りを取り戻していた。

「そうですね。私たちは、明日のことを考えていかないといけませんね」
乙女が言うと、部長が
「そや、明日へと進んでいくんや」
と明るい声で言い、
「明日へ」
とリンが答え、最後に乙女、部長、リンの3人が
「明日へ!」
と高らかに声を合わせるのだった。

『第6話 乙女の闘い』 おわり