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「日本昔話再生機構」ものがたり 第1話 ヘルプデスクの多忙 5. 沙知の救出策

『第1話 ヘルプデスクの多忙 4. ハヤトの想定外』からつづく。

 犬のハヤト君をぞんざいにあしらったのは申し訳なかったが、今の私は、沙知の命を救うことで頭がいっぱいだった。私は、状況をもう一度整理する。

 沙知は毎日のように「緊急避難」を訴えてきた。私もたった今、プロジェクト管理部長に訴えた。しかし、訴えはことごとく却下されている。つまり、プロジェクト管理部長は、沙知を捨て駒にするつもりなのだ。

 では、「昔話成立審査会」は、どうだ? 「審査会」の面々は現場での進行状況を時空超越トンネル内から観察している。現場の状況が『鶴の恩返し』の標準ストーリーから大きく逸脱し、沙知が生命の危険にさらされていることを目にしているはずだ。それでも「再生中止」を指示しないのは、「審査会」も、また、沙知を捨て駒にすると決めているからだ。
 
 もっとも、「審査会」の連中には、言い訳のしようがある。鶴に変身した沙知の機織りを、男は今後も絶対にのぞかない――とは、断言できない。だから我々はその状況を待っている――「審査会」の連中は、そう言うだろう。そして、男が機織り場をのぞく前に沙知が命を落としたら「不成立」判定をして済ますつもりなのだ。

 この状況で沙知を救う道は、『鶴の恩返し』再生に成立判定を受けるしかない。私は、『鶴の恩返し』の《虎の巻》を何度も読み返し、成立判定を受けられる最低の要件を探った。
 
 男が彼の意思で機織り場をのぞき、布を織っている鶴を見てしまう。過去の判定結果からみて、この要件は絶対に外せない。つまり、男が鶴の姿を見る状況はオリジナル通りでなければならない。
 鶴――この場合は沙知――が男を呼び寄せたり、男を驚かせて機織り部屋をのぞかせたりしては不成立ということだ。
 しかし、男が沙知の機織りに好奇心を持っていないのだから、この要件を満たすのは不可能なのではないか?

 自分には沙知を救うことはできないのか? 絶望の淵まで追い詰められた私の頭に、ある気づきが閃いた。《虎の巻》は、男が自らの意思で機織り場をのぞくと繰り返し強調しているが、男が〝好奇心にかられて”のぞく必要があるとは、一言も述べていない。
 考えてみれば、当たり前だ。「昔話成立審査会」は、男の行動を外から観察して成立可否を判定する。男の心の中に入り込んで行動の動機を確認するわけではない。
 
 私は前途にかすかな明かりが見えてきたような気がした。そのとき、さきほどの通信で沙知が口にした言葉が、私の頭によみがえった。彼女は、言った。
「そんなことをしたら、明日、あの男が怒ります。どんな目に遭うかわからない」
「そうか、これだ!これが最後の解決策だ」
私は、ヘルプデスクの中で小さくガッツポーズを取ってから、すぐに肩を落とした。私が考えついた解決策は、沙知にとってあまりにも大きなリスクを含むものだったから。
 
 しかし、このまま何もせずにいたら、沙知は間違いなく死んでしまう。そして、私にはこれ以上の策を考えることはできそうにない。
 私は、私の解決策に賭けることにした。沙知に万一のことがあったら、彼女には「ヘルプデスク担当に恵まれなかった」と思ってもらうしかない。そして、私は沙知を殺した罪の意識を背負って作動停止の日まで生き続ける。
 肚をくくった私は、解決策を現場で沙知が実行できる作戦の形に整理し始めた。  

『第2話 沙知の危機 2. 秘策』につづく

『第1話 ヘルプデスクの多忙 6. 追い詰められるハヤト』につづく