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「日本昔話再生機構」ものがたり 第4話 スパイたち 6. カウンターパンチ

『第4話 スパイたち 5. けがれたビジネス』からつづく

『第6話 乙女の闘い 10. 作戦』からつづく

 サタリアは、「日本昔話再生機構」が試行目標回数を超えて昔話再生を試行した際に「昔話再生審査会」が成立判定を歪めている可能性が極めて高いことを突き止めた。チーフーは「昔話再生審査会」が「機構」からワイロを受け取っているものと判断した。

 ジョモレはラムネ星人の審査員をハニー・トラップにかけ「審査会」の内情を吐かせようと主張したが、チーフはこれを却下した。
 彼は連邦中央情報局から、状況証拠が十分に固まってからでなければ「審査会」には捜査のメスを入れないと告げられていたのだ。疑惑の「審査会」には地球連邦政府が任命した地球人審査員もいるので、中央情報局も「審査会」の調査には慎重にならざるを得ないのだった。

 チーフは、サタリアに
「『日本昔話再生機構』の支出を徹底的に洗い、不審な金の動きを突き止めるのだ」
と命じた。
「不審な金の動きがあるという事実をつかみ、その事実と君が発見した判定パターンを並べれば、癒着の十分な状況証拠になる。ともかく、『機構』の財務データを徹底的に調べ上げるのだ」
と言われても、そう簡単に事はことは進まないことが、サタリアには見えていた。前に「機構」はデータの暗号化プロトコルを変えていて、サタリアは、まだ新しいプロトコルを解読できていないのだ。

 ため息をつきながらデスクに戻り、ニューラルコンピュータの端末を立ち上げたとき、リーダーが
「これは、いったい!」
と大声を出した。その目は彼の携帯端末に釘付けになっている。
「どうしたの?」
ジョモレが尋ねると、チーフは、
「今、君らの端末に映像を送る」
と、端末の上で指を走らせた。
「ラムネ星人が政府批判に使っている裏ラムネットの情報を見に行ったら、こんな動画が流れている」

 サタリアは自分の端末に現れた映像をみて息を飲んだ。あのスリナリ医師がカメラに向かって話しているのだ。
ミラ・ジョモレは、労働基準監督官としてクローン・キャストの過労実態を密かに調査していると、私に話しました。しかし、私には、彼女が本当にクローン・キャストの身を案じているようには、全く感じられなかった。彼女の本当の目的は、『日本昔話精製機構』について何か別のことを探り出すことにある。クローン・キャストの過労実態を調べるというのは、私を足掛かりにして『機構』の内部情報を手に入れるための口実に過ぎないのではないか? そう考えました」
「はぁ? 私のことを疑ったですって? ころりとだまされ、私の靴を舐めて喜んでたくせに! 笑止千万とは、このことだわ」
ジョモレが画面の中のスリナリ医師をあざ笑った。

「私は、彼女に渡したい情報があると連絡しリニアモーターカーのナリレリ駅に呼び出しました。ニセ情報を彼女に渡し、彼女がそれを点検しているすきに自白剤を注射し、彼女の正体と目的を白状させたのです。その録音をお聞きください」
「この大嘘つきが! 本当に効果のある自白剤など、存在しないのに」
チーフが怒りをあらわにする。

 しかし、ジョモレの声が流れ出すと、リーダーは棒を飲んだように固まってしまった
「私は、ただ、オトコどもを屈服させたいの。オトコどもを私の前にひざまずかせ、私を渇望させたい」
チーフが顔をこわばらせジョモレを見る。
 裏ラムネットでは、ジョモレの声が続く。
オトコどもを操らせてくれる組織なら、地球連邦中央情報局だろうが、ラムネ星統合情報部だろうが、どっちでも良かった……私は、地球連邦中央情報局を選んだ

「これは、フェイクです! 私を陥れるためのフェイクです!」
叫ぶジョモレを、チーフが制した。 
「黙って、最後まで聞くんだ」
裏ラムネットがジョモレの声を流し続ける。
「『日本昔話再生機構』と『昔話成立審査会』の癒着を暴くため『機構』内の人間を操って、情報を漏らさせる……私たちの目的は『昔話再生機構』が、『昔話再生審査会』に違法な働きかけをした状況証拠を掴むことなのだから。産業医ごときでなく、機構の決定権をもった、もっと、もっと大物を私に前に侍らせないと」
ジョモレの声はそこで切れた。

 再びスリナリ医師が画面に現れた。
「私はジョモレに睡眠薬を注射し、その場を立ち去りました。彼女を尾行することも考えましたが、彼女が『私たち』と言っていたので諦めました。警察官でもスパイでもない、一介の医師に過ぎない私が彼女の仲間と出くわしたら、簡単に殺されてしまうでしょう。生きて、この映像とジョモレの声をみなさんにお届けすることが、何より優先したのです」
――スリナリ医師の態度は落ち着いている。そして、話はよく整理され分かりやすい。信ぴょう性のある映像として受け止められるだろう。
カレリアは思った。

「最後に、私がこのような唐突な形で地球連邦政府の諜報活動を公表した理由をお話しします。『日本昔話再生機構』はクローン・キャストに過重労働をさせています。私は、『機構』上層部にクローン・キャストの労働環境改善を何度も訴えてきましたが、無視されてきました」
スリナリ医師の顔と声には悔しさがにじんでいた。
「『機構』外部の力を借りてでもクローン・キャストの労働環境改善を実現したい。そこまで考えていました」
「だったら、なぜ、我々の邪魔をする」
今度は、チーフが声に悔しさをにじませる。

「しかし、ミラ・ジョモレの目的は『機構』を地球政府の支配下におくことで、そこにクローン・キャストへの配慮は何もなかった。『機構』は、私から見ると理不尽の塊ですが、だからと言って、地球人に力づくで奪われてよいものではない。『日本昔話再生機構』は、私たちラムネ星人のものです」
スリナリ医師が言葉に力を込めた。
「ただ、地球連邦中央情報局の非合法な諜報活動を阻止するだけなら、ジョモレの自供を『機構』上層部に聞かせるだけでよかった。そうではなく、こうして、みなさんに直接訴えているのは、みなさんに、クローン・キャストの過重労働の実態を知って欲しかったからです。この1年間で、クローン・キャストの休職者が20パーセントも増加しました。メンタルの不調を訴えるキャストは40パーセント増加し、全キャストの6割が不眠、抑うつ傾向、処方薬への過度の依存などを抱えています」

 スリナリ医師の説明は続いていたが、チーフは動画の受信を打ち切った。
「フェイクです! スリナリは私の声を密かに録音し、それを電子的に合成した声に、今のセリフをしゃべらせたのです」
ジョモレがチーフに訴えた。チーフは、ジョモレに冷たい視線を向けて言った。
仮にこの動画がフェイクだったとしても、君の名前と地球連邦中央情報局の組織名が出てしまった以上、ラムネ星統合政府は、我々の諜報活動について、間違いなく地球連邦政府に抗議してくる。我々の目的は、『昔話再生機構』の不正をラムネ星統合政府に突きつけ、ラムネ星を一方的に屈服させることだった。この動画のせいで、その目的の達成が危ぶまれる状況になってしまったのだ」
厳しい口調でそこまで言うと、チーフは息をつき、声を鎮めて
「君も私も、間違いなく責任を問われる。覚悟しておくのだな」
と付け加えた。
「私は、スリナリに利用されただけです!」
「素人に利用された時点で、君はスパイ失格だ」

チーフが吐き捨てるように言った。

 ジョモレとチーフを見て、サタリアは、日本の古代の有名な武将が「高転びに転ぶ」と予言され、実際に部下の反逆に遭って殺された話を思い出さずにいられなかった。
 一方、スリナリ医師に対しては、自殺まで図ったどん底から立ち上がり、地球連邦政府と『日本昔話再生機構』の両方に見事なカウンターパンチを放ってきたことに拍手を贈りたい気持ちでいっぱいだった。
 

『第4話 スパイたち 7(最終回)明日へ』につづく

『第6話 乙女の闘い 11. (最終回)明日へ!』につづく