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「日本昔話再生機構」ものがたり 第7話 小梅のままならない日々 4. 昔話再生は面白い

『小梅のままならない日々/3. とんだありさま、舌切雀②』からつづく


 鮮やかな紅葉の山々に囲まれた静かな入り江。タヌキとウサギが浜から海に小さな舟を押し出していた。タヌキの舟は黒くて舷側が分厚く鈍重な感じ。ウサギの舟は舷側が薄く軽快な感じだ。
 2艘が海に浮き、ウサギが
「ほれ、タヌキさん、沖へ出るべ」
と声かけし、タヌキが
「よっしゃ、競争じゃ。わしゃ、負けんぞ」
と答えた。ウサギは櫂を軽やかに扱い、沖へ向かって漕ぎ出す。それに続こうとするタヌキ。
 
 ところが、タヌキを乗せた舟はたちまち真っ二つに折れ、タヌキは海に落ちてしまった。ウサギが後ろを振り向き「えぇっ」と驚く。
 水中でばたばたあがいていたタヌキが急に人間の姿に変わり、立ち上がった。口からプッと海水を吐き出したのは、クローン・キャストの小梅だった。
 小梅の頭の中で時空超越通信装置が起動し、「昔話再生審査会」Cチームの審査員長が『カチカチ山』の再生不成立を告げてきた。

 ウサギに変身していたクローン・キャスト、ハヤトがクローン人間に戻って海の中を近づいてきた。ハヤトにも不成立通知が届いたのだ。
「不成立って、ボクらのせいじゃないですよね。泥舟が不良品だったんですよ」
ハヤトが口をとがらせる。

 小梅は水中にある泥船の残骸を蹴飛ばしながら答えた。
「ホントに、しょうもない。標準ストーリーでは20メートルくらい走ってから、あんたの櫂で叩かれて裂けることになってる。それが、乗ったとたんに真っ二つなんて、技術部の阿呆どもは、何やってんのよ」
「技術部のラムネ星人職員の怠慢で、ボクらの昔話再生が台無しです。だけど、あいつらは処分されない。ボクらだけが成績査定を下げられる。理不尽です」
ハヤトのオクターブが上がってくる。
「水に浸かって文句言ってても、冷えるばかりだわ。ともかく海から上がろう」
小梅の言葉で、二人は浜に上がった。万能変身スーツの暖房乾燥機能をオンにして身体を温める。

「小梅先輩、こんなこと、よく17年もやってきましたね」
「しょうがないじゃん。これをやるために作られたクローン人間なんだから」
小梅が答えると、ハヤトが
「それって、理不尽です。物心ついたとたん、『日本昔話を再生するのがお前の一生の務めだ』と言われ、人生、他に選択肢がなかったんですよ。人権侵害じゃないですか
 人権侵害とは面白いことを言う若者だと、小梅は思った。ラムネ星人も地球人も、昔話再生のため遺伝子工学で作ったクローン人間に「人権」があるなどと、思ってもみないだろう。

「あたしたちがラムネ星人か地球人だったら、この状態は『人権侵害』ってことになるんだろうね」
「先輩は、クローン人間だから人権を認められなくてもいいと思ってるんですか」
ハヤトの言葉には怒りが含まれていた。
「あんたの言うことは、わかる気がするよ。だけど、あたしには、ラムネ星人と地球人にクローン・キャストも人間と認めさせるために革命を起こす気はない」
「情けない人だ」
そう言って、ハヤトが小梅を軽蔑の目で見た。
――この子に革命を起こすガッツがあるとは思えないけどなぁ~
乙女は思う。

 それに、乙女は決して自分が不幸だとは思っていなかった。
「あたしは、この仕事が気に入ってるんだよ」
「まさか、ラムネ星人と地球人の命を守ってやることに使命感を持っているなんて言うんじゃないでしょうね」
「使命感? それは、あんまり感じてないな」
「じゃぁ、いったい、何が気に入ってるんですか?」

いったん、むかし、むかし、あるところの日本に降り立ったら、あたし達の仕事にいちいち口出しするラムネ星人も地球人もいない
「『昔話再生審査会』に監視されてます」
「『審査会』は成立・不成立は判定するけど、『ああせい、こうせい』と命令はしない。成立っていう結果さえ出せれば、やり方は、あたしたちの自由なのよ

「自由ですって?」
「今日、あんたは、あたしが背負った萱(かや)に火打ち石で火をつけようとしたけど、着火できなかった。ウサギはタヌキに気づかれないよう素早く着火しないといいけない。それには経験を積まないとつかめないコツがあるの」
「そんなもんですか」
ハヤトが口を尖らす。

「そんなものなのよ。だから、あたしは、いつも小型の着火器を手の中に隠し持ってる。今日も、それを使って自分で萱に火をつけた。《ウサギが火をつけようとする・火がつく》この2点があれば、『審査会』は本当はどのように火がついたかなんて、気にしない
「それが、なんだって言うんですか?」
「あたしたちは、自分でやり方を考えられるってこと。自分で再生の仕方を工夫できる。そして、昔話再生の経験を積めば積むほど、新しい工夫を思いつく。こんな面白い仕事はないわ」
「先輩は、ちっぽけな工夫が楽しいと自分に思い込ませて、道具扱いされてる理不尽さを忘れようとしてるだけです」
ハヤトが強い口調で言った。
「そうかもね。でも、どうせやらなきゃいけないなら、楽しんでやった方がいいじゃない」
ハヤトが首を横に振っているところに、二人を回収する時空転移装置が到着した。

〈『小梅のままならない日々/5. 乾 杯』につづく〉