見出し画像

「日本昔話再生機構」ものがたり 第6話 乙女の闘い 8. セイレーン

『ヘルプデスク担当・乙女の闘い/7. 思いがけない助っ人』からつづく

セイレーンいぅんは、人を惑わし、その者が自分でも気づいとらん胸の内を言葉にして吐き出させる巫女どす。ラムネ星巫女連盟に属して統合政府を助けとる巫女たちと区別するため、連盟所属の巫女たちを『白い巫女』、セイレーンを『黒い巫女』いぅて区別しとった時代もありました」
「『ありました』とおっしゃると、今は存在しないように聞こえますが」
スリナリ医師の言葉に、育成部長がしみじみした目になった。
「センセはセイレーンをご存じないんやから、50年前に起こった『鉱山の虐殺』も、ご存じありまへんやろな」

「『鉱山の虐殺』ですか?」スリナリ医師が問い返す。
「50年前、ラムネ星巫女連盟はセイレーンを危険分子として除名しよりましたんや。それを受けてラムネ星統合政府はセイレーンを根絶やしにしようとした。ラムネ星中のセイレーンをラムネリウム鉱山内の広場に集め、重武装の戦闘ロボットの一斉掃射で殺しましたんや。彼女たちが流した血は広場に染み込み、どんだけ掘っても赤い土が出てくるよぅになりましてなぁ。その広場は『呪われた血の広場』と呼ばれて永久に閉鎖されることになりましてん」
「銃で皆殺し……なんて、惨い」
乙女が顔をゆがめた。

「ところがです。『鉱山の虐殺』をまぬがれたごく少数の『セイレーン』がおったんです。その一部が彼女らの正体を知っとりながら彼女らを愛した男性との間で子を成し、そのうちの女子が成長して『セイレーン』になりましたんや」
「その『セイレーン』たちが、今でもラムネ星のどこかに隠れ住んでいるのですね」
スリナリ産業医の言葉に、育成部長がうなずいた。
「部長は、『セイレーン』の力を借りてミラ・ジョモレの正体と目的を暴くお考えなのですね」
乙女が言う。
「わしには『セイレーン』の知り合いがいてます。信頼できる人物や。この事情も話してあります。彼女は、協力すると約束してくれました」
育成部長が自信を持って言い切った。

「しかし、どうやって、ミラ・ジョモレをそのセイレーンに引き会わせるのですか? あの女は、警戒して部長と私以外の人間とは会わないと思います」
「わしらの手でジョモレを拉致して、セイレーンのもとに連れて行くんです」
「拉致ですか? おびき出すだけなら、新しい情報を渡すと偽って呼び出せるでしょうが……」
「呼び出して、麻酔ガスで眠らせれば、よろし。センセは、麻酔ガスはお持ちどっしゃろ」
「あぁ、その手がありますね。麻酔ガスなら診療室にあります」
「センセは、いつもは、ジョモレと、どこでどういう風にして会ぅとられるんですか?」
「私はLV(=Levitation Vehicle、空中浮遊車)を持っていないので、ジョモレがリニアモーターカーの駅を指定してきて、そこにジョモレがLVで来ます」
「なるほど。ジョモレを拉致するのに彼女が乗ってきたLVを使うのは危険ですなぁ。じゃぁ、わしがLVに乗って駅近くで待機しとって、センセとジョモレを拾いますわ」
 スリナリ産業医は育成部長の申し出に簡単に「お願いします」と言う気になれなかった。育成部長には定年まで無事に勤め終えてもらわないといけない。ジョモレの拉致に加わってトラブルになったりしたら、部長の立場が危なくなるのではないかと心配になったのだ。

「ジョモレの移動ならご心配無用です」
突然、女性の声がした。乙女、スリナリ医師、育成部長の3人は驚いて周りを見回すが、人の姿はない。
私がスリナリ先生とジョモレの待ち合わせ場所に行き、その場でジョモレに自白させます。スリナリ先生が麻酔ガスをお持ちにならなくても、私がジョモレを金縛りにすることができます」
「リン、あんさんか?」
「はい、皆さんにテレパシーを送っています」
乙女の頭の中で聞こえるキムの声は鈴を鳴らすように清らかで、「黒い巫女」というネーミングとは程遠いものだった。

「あんさん、いま、どこにおるんや?」
「『機構』本部から1キロほどのところです。3キロまで接近してからにテレパシーを送り始めましたが、ここまで接近して、やっとつながることができました。まだまだ未熟です」

 驚いた乙女とスリナリ医師は、顔を見合わせた。二人ともテレパシーを使えるのは地球上にいる間のクローン・キャストだけだと信じていた。巫女がテレパシーを使えるとは、思ってもみなかった。
 二人の驚きに気付いた育成部長が説明する。
この星の上でテレパシーを使えるのはセイレーンだけや。『白い巫女』たちにはテレパシー能力はない。だから、ラムネ星統合政府はセイレーンを恐れて皆殺しにしようとしたんや」

「政府は、私の祖母たちが反乱を企てるのではないかと恐れたのです。祖母たちには、そんな気持ちは全くなかったのに」
キムの清らかな声にかすかに非難の調子がまじった。
――私たち、クローン・キャストを地球上ではテレパシーを使えないようにしたのと同じ理由ね。
乙女の中でラムネ星人の心の狭さへの怒りが湧いてきた。しかし、今の自分がリンのテレパシー能力に驚いているだけでなく恐れも感じていることに気づき、自分も一方的にラムネ星人を責めることの出来る身ではないと、自分を恥じた。
「ほな、リンさんの申し出に感謝して、そのとおり進めることにしまひょ。みなはん、よろしゅうお願いします」
育成部長に頭を下げられ、自分に出来ることがないことを残念に思う乙女だった。

『ヘルプデスク担当・乙女の闘い/9. 自 白』につづく