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『守護神 山科アオイ』21. 指定場所

  篠原沙織を誘拐した人物は、都心の大型商業施設に和倉を連れてくるよう指定してきた。引き渡し場所は、噴水とピアノの広場だと言う。
 商業施設に着いたアオイは、平日だというのに他人と肩をぶつけ合わずには歩けないような混雑ぶりに目を丸くする。
「なんだ、この込み具合。これって、マズくね?」
「悪くないんじゃないか。これだけ人の目があったら、向こうは、荒っぽいことは、できない」
「コータロー、それは、こっちも同じだ。和倉を連れてかれないように闘うことができない」
「それが狙いですね」
世津奈が言い、慧子が
「私たちは、これが人質交換だと思っていたけど、違うかもしれない」
と、意味ありげな言い方をする。
 この会話が進んでいる間、沈黙を守っている和倉から内心の動揺がまったく感じられないので、アオイは不安になってきた。

 ピアノと噴水のある広場に到着し、指定されたピアノのある舞台脇に立つ。
「ここね」
慧子が言う。
「人混みは、ちょっとマシかな」
アオイが、周りを見回しながら言う。
 身長が190センチはありそうな長身でがっしりした骨格の男性が周囲の空気をそよがせながら、近づいてきた。見るからに高級そうなスーツに身を包み、裕福な実業家然としている。
「耳にインカムを装着している。彼ね」
慧子が言い、世津奈がコータローに
「周りでインカムをつけている人間を探して」
とささやく。

 実業家風の男がアオイたちの前で止まる。和倉に微笑みかけ、
「和倉修一さんですね。初めまして」
と手を差し出す。
「私は山田と申します」
「山田……さん」
男の手を取りながら、和倉が口の中でかみしめるように言う。
 世津奈が、山田と名乗る男に話しかける。
「私たちは、和倉さんをお連れしました。篠原沙織さんも、連れてきてくれたでしょうね」
「もちろんです。篠崎さんは、この近くのカフェであなたたちを待っておられる。和倉さんをお預かりしたら、カフェの場所を教えましょう」
「そうはいかない」
コータローが後ろから和倉の腕をつかむ。
「人質交換は、双方同時に人質を差し出すものだ」
コータローが山田をにらむ。
 山田の目と口の端に冷ややかな笑みが浮かぶ。
「誰が人質交換だと言いました?」
「え?」と、コータロー。
「私は、篠崎さんの命が惜しかったら和倉氏を差し出すようにと、申し上げただけです」
「それを人質交換というのだろう」
コータローが息巻く。

「ははは」
山田が笑う。
「安っぽいアクション映画の見過ぎですね。空き倉庫の両端に双方が陣取り、両側から人質を歩かせ中央ですれ違わせる。そんな場面でも想像しましたか? 私がこの商業施設を指定した時点で、そういう幻想は捨てるべきでしたね」
「どうやら、私たちが固定観念に引きずられてしまったみたいね」
慧子が世津奈にささやき、世津奈が悔しそうにうなずく。

 そのとき、アオイが世津奈の前に出た。
「沙織さんをここに連れてこないんなら、あたしを沙織さんの所に案内しな。あたしが沙織さんの無事を確かめて仲間に連絡する。あんたらが和倉を連れ去ったら、あたしが沙織さんを連れてここに戻る。それで、どうだ?」
「ははは」
山田が顔いっぱいで笑った。
「面白いことを言うお嬢さんだ。そんなことをしても、人質をひとり増やすだけじゃないかな?」
「アオイさん、それは危険すぎます」
世津奈がアオイに言い、山田に
「この場で、私に沙織さんとスマホで話をさせて。彼女の無事な声を聞いたら和倉さんを渡してもいい」
と持ちかける。

 慧子が「ダメよ」と、世津奈を止める。
「それでは、篠原さんの安全を確保できない。この人たちは、和倉さんを受け取ったら、篠原さんを殺すつもりかもしれない」
慧子が恐いほど落ち着いた声で言う。
「誰かが篠原さんのそばにいて、彼女を守る必要がある」
「ほら、あたしが言ったとおりだろ。あたしが行く」
アオイが勢いづく。
「だったら、アオイじゃなくて、ボクが行く。こんな小娘に危険な務めはさせられない」
コータローが言い出す。
「あたしを、舐めるな。あたしには」
アオイの口を慧子がふさぐ。「あたしには衝撃波発生能力がある」と言おうとしたのだ。
「この子は、こう見えても、用心棒歴が長い。任せて大丈夫。私が保証する」
コータローがいぶかし気な目で、アオイと慧子を見る。

「私たちは和倉氏を受け取ったあとに篠原沙織の命を奪うような、そんな下劣な人種ではない。だが、そのお嬢さんを篠原沙織の所に送り込めば安心して和倉氏を引き渡せるというなら、そうすればいい」
人混みの中を学生風の男が近づいてきた。耳にインカムをつけている。学生風の男が山田の隣に立つ。
「こちらのお嬢さんを篠崎さんのところにお連れしろ」
山田が言い、学生風の男がアオイについて来いと顎で示した。

〈「22. 激闘」につづく〉