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【後編】叶えた夢と、今ある願い。アーティストたちの帰りを待つ「渡邊文昭という人」の話

<前編はこちら

縁は「繋いでくれる」ことがすごく多かった

——で、再オープンに至る。

 ですね。そっからはだいぶ、スカスカでしたけどね。スケジュール。

——あっ、そうなんですか?

 工事がまだ終わってなかったから。工事もしつつ。

——本当に落ち着くまではじゃあ、結構?

 だいぶかかったかも。2011年内は結構工事と、いろんな調整バタバタしてたような気がする。

——来たくてもお客さん側が来れないっていう人もいたでしょうしね。

 ああ、いっぱいいたと思う、たぶん。色々と大変だったから。

——1年とかじゃあそのくらい…?

 1年は、まあ少なくともかかってたかな。1年間ずっとバタバタしてた気がする。その年。

——落ち着いてからじゃあちょっとずつ人が増えていったんですね。

 増えてきてくれて。一番は、2011年はそうやってバタバタしてたけど、だんだんやっぱり来はじめ……その震災とか放射能とかの件も、だんだん少しずつ落ち着いてきて県外からも来れるようになったのって、もしかしたら2013〜4年とかなんじゃないかな。くらいから来始めてくれたようなイメージがある。でも2012年の後半くらいからはやっぱり、1年経ったくらいからはやっぱり県外のバンドもいっぱい来てくれるようになった。

——外から来てくれるの嬉しいですね。

 嬉しかった。外から来てくれるのやっぱ嬉しいね。

——前のPEAKの時にできた繋がりとかで?

 もちろんそれもあるし、新しく紹介してもらってっていう人ももちろんいっぱい。新しいご縁いっぱい頂きましたね。こっちになってからは。

——そういうのって、向こうが見つけてくれるのか、誰かが繋いでくれるのかで言うと。

 ああもう完全に誰かが繋いでくれてる。もちろん見つけてくださってる方もいると思うけど、誰か繋いでくださってるのがすごい多かった。それこそ本当に海王丸さんとか、そういう身近なバンドっていうか。「今度誰々連れてきたいんだけど」みたいな、そういうのすごい多くて。「誰々良いから紹介したいんだけど」。あと地元のバンドも結構、2012〜2015年くらいまでは、今よりは多かったのかな。みんな呑んでた気がする(笑)。

——ピークポイントみたいな言い方をしたらすごく失礼なのかもしれないですけど、2015〜6年くらいは特に。

 地元のバンドは多かったイメージ。イメージね、あくまでも。だんだんでも少なくなってったのは感じてて。すごく。

——やっぱ若い人が続いてこないって感じですよね。

 そう……そうなんです。大学生もなんだけど、やっぱ高校生バンド本当少なくて。大学生バンドも前ほど盛んじゃなくなったイメージが、そこらへんから、あってですね。これは本当になんとかならないかな、なんとかしなければっていう感じがあるんですよね。

——やっぱりそれは今にかけてずっと。

 今にかけてずっと。ずっと減少傾向にある気がする。

——でも、うちら側からしてもそれは肌で感じることが。

 これはねえ。どうするべきなのかと思いつつ、これが時代ってやつなのかっていうのもなんかちょっと、言い切るのもちょっと、悔しいし。

——高校生バンドって言える人たちって……下手したらゼロって言っちゃっても良いくらい。

 良いくらいだよね。弾き語りの人はね、時々いたりとかするけど、ねえ。YouTubeとか、自分で作ったりとか、できちゃうもんね。オケとか作って、まあYouTuberか、そっち系の人はちょいちょい見かけるけどねえ。TikTokでちょっとバズってる人とかね。弾き語りとかバンドはいないもんね。

現代と調和しながら

——音楽を楽しむ人の数が減ってるとかっていうよりも、発表の場が移っちゃってる感じなんですかね。

 そうだね。自分でギターを持って弾き語りとかバンドをやるって感じよりは、場が移ってってる感じはするかも。どんどんSNS上に移ってってる気がする。

——ただでさえっていうか、そういう雰囲気があった中で、追い討ち的な感じでコロナが。

 まあコロナは追い討ちだよねえ。確実に追い討ちだと思うな。

——元々減少傾向みたいなのっていうのが。

 感じてた。ずっと感じてた。バンドブームっていうのは確実に去っていったっていうのを肌で感じていて。コロナが……ただコロナになってから家でやってる人なんかも見かけるから、まあSNS上だけど、そういう人たちが来てくれるようになったら嬉しいなあとは思いつつ。

——そうですね。オンラインとオフラインがこう、混ざりつつ。

 うん。配信もあるしね。

——配信、導入してみてどうですか?

 いやあ、やってみてよかったです。最初はもうやっぱり現場に来て欲しいっていう意味合いももって配信してなかったんだけど、現場に来られなくなった以上は少しでも届けたいって思って。やってみてよかったですね、結果。難しいけど、未だに難しいけど(笑)。
 カメラもね、うち、この感じだから、このキャパだから、カメラ置くと本当に邪魔になって、(ステージの)前。結果ゴープロに今は落ち着いたんですけど、やってよかったですね。投げ銭とかドリンク差し入れとかもあるし。

——そこ結構大きいですか?

 かなり。かなりでかいっす。めっちゃでかい。

——気軽に支払えるっていうのがあるかもしれないですね。

 うん。有料だとできないことも色々あるしね。無料配信だからできるのもあるかな。あっ、一応有料配信もできるので、zanpanさん必要な時はぜひ(笑)すぐ対応できる環境になりました。

——ありがとうございます(笑)。
 するとオンラインを取り入れたことによってちょっと、なんというか、よくなった部分っていうふうにも捉えることができる?

 あっうん、できる。全然できる。やっぱそのオンラインで、ほんと来たいけど来れない人が見てくれて、しかも本当日本各地、日本全国から見てもらえてて、それは嬉しかったね〜。なんか、見てくれてる、あの人もこの人も見てくれてる、投げ銭くれた〜とか、ただ単純にそれが嬉しくて。
 あとその弾き語りで回ってくださってる方とかいるじゃないですか。その方の強さを知りましたね〜。全国各地から投げ銭飛んできて(笑)すげえと。改めてこの人らすごいんだなって。ますます思った。各地の熱狂的なファンの方がおられて、今は行けないけど投げ銭送るから、みたいな方がすごくいっぱい集まってて。やっぱこの人たちってすごいんだ(笑)心強いというか。

——その場に行かないと、追いかけないと見れないものが気軽に見られるようになったのはある意味良かったかもしれないですね。

 うん。実際行ってみたいって思う人もいるかもしれないしね。見てくれたら良いなっていう希望もあるんだけど。こんな感じなんだ〜とか。大阪でのzanpanってこんな感じなんだ〜みたいな。

——弦切ったんだ〜みたいな(笑)。

 あはは(笑)。切ったんだってね。でもそれも乗り越えて良いライブもできたんでしょうから。すごい。
 でもやっぱどこどこの誰々見てくれましたねとか、視聴者数何人でしたねみたいな話にはなって。投げ銭とかもそうだし、ドリンク差し入れが結構喜ばれたり。お酒飲みの方はやっぱお客さんもわかってるし。すごい喜んでた。

——ちょっとあけすけですけど、それで経済的に潤った部分とかもありました?

 あ、すごく(笑)。投げ銭、ドリンク差し入れがかなり大きな割合を占めてきてしまったっていうのは、ある。まあ良し悪しですけどね、それに関しては。
 ただ助けられたのはすごいあるかなあ。やっぱ来れないし、お客さんも。

——まあでも、配信やるやらないの葛藤みたいなのは(よそのライブハウスさんでも)よく聞きます。

 やっぱどこもあるんだね〜。

——(有観客もまた増えてきましたが)健康管理とか衛生管理とかっていうのも大変ですよね。

 大変ですね〜。もう毎日次亜塩素撒いてる(笑)アルコールで手ガサガサだよね〜。今みんなそうだろうけど。手ガッサガサ〜。ひび割れ〜。帰ったらすぐシャワーも浴びてたりとか。手洗いうがいシャワーみたいな、セットでやってて。

——結構徹底して……。

 やんないとやばいなあと思って。気をつけて。

後ろ向きな気持ちは一切なかった

——他のライブハウスとの関わりとか、受け取る刺激っていうのもあったりしますか?

 あっすごいあった〜。各地すごいね。やっぱ生き残ってるライブハウスの方々はすごいっすね。その、もう各地いろんな情報を、見れるから見てみるとやっぱすごいっすね、各地。なんていうんですかあの、負けん気というか。前向きに生きる精神すごいっすね、各地。みんなすごいと思った。

——演者も演者なりに頑張るけど、ハコが持ってる力もやっぱりすごく大きいです。

 ああ良かった、それは。演者さんにも色々皆さん、元気付けられました〜。みんなすごいっすね、今残ってる方々ってやっぱ。もちろんね、できない人は無理せずだけど。こっからまたできるようになったら戻ってきてくれる人がいっぱいいたら嬉しい。
 ただ本当底力は感じましたね、今回。この人たちすご〜っていう人いっぱいいるなと思って(笑)。行ってみたかったりするしね。そこに、その場所に。

——ハコの人だと他所に行く機会ってあんまりないですもんね。

 なかなか……自分はなかなか、PAも店長ももちろんやってるからなかなか行けないけど。近場じゃないとね、難しいけど。行きたい欲はすごくあるっす。もうちょっと落ち着いたらだけど。

——それこそ前まではたまに交歓イベントとかもありましたもんね。

 うん。やってた〜。(福島)アウトラインさんとかはやりたいねっていう話はしてて。でも各ライブハウス本当徹底して頑張ってるなあっていうのはすごく刺激になって、これはもっと頑張ろうみたいな、思うやる気にも、モチベーションにもつながった。全然一切後ろ向きな気持ち無かった今回。

——それ、良いっすね……。

 みんなの元気を見て、こっちもやる気になってっていう。

——ライブハウスを営む上で尊敬している人とかっていらっしゃるんですか?

 身近な人でも良かったり……?(永井:もちろん。)その、経営の神様的なやつはもちろん好きだけど、あの、それこそ酒田HOPEってライブハウスとか、うん。そういうハコの人たちですかね。とか地元で続けてくれてる皆さんとかそういう人たちに目が向いちゃう、ついつい。
 元々ONE STROKEのトオルちゃんっていう人からすごく刺激を受けてて、昔っから。彼にはいろんなポジティブな、なんていうんですかそういう、精神を昔から教えてもらっているっていうか。それでなんか、今なんかこんなふうに居れるんだけど。そういう人ですかね。一人挙げるとすればって言われたら難しいかな(笑)。

——でもなんか多分いろんな人から複合的に刺激を受けて成り立ってるみたいなところもありますよね。

 ありますねえ。そうだね、「この人」ってなんか選べないなって今思っちゃった。まあただ大きく、今までのことも考えて大きく自分を変えてくれた、尊敬してるのはやっぱりそのONE STROKEのトオルちゃんかなあ。実は。
 ハコの人同士っていうとみんな尊敬してる、仲良い人はみんな尊敬してる(笑)。もちろん仙台BIRD LANDさんもそうだしBAR TAKEさんもそうだし、複合的ですなあ。絞りきれないってことに気づいた、今(笑)。

——でも今名前が上がった感じだと結構、東北の繋がりが多いんですね。

 そうだね。東北の繋がりが多いかもしれないですね。それこそ阿部さん、アウトラインの阿部さんもそうだし。阿部さん21周年だって今年。あとそれこそSONICさん(club SONIC iwaki)さんはもう、ね、いつもONA FESとかで。それこそ後藤勇作くんもそうかな?トゥーオーバー(to overflow evidence)の。彼も尊敬してる一人ですね。

家庭ができてから「180度変わった」

——今、運営をする上で何かポリシーみたいなものってありますか?

 ポリシーは、なんだろうね(笑)。でもこれは言って良いのか、文に載っかって良いのかわかんないんだけど、お金は後からついてくるって思ってて。こういうのって言わない方がいいのかな?わかんないけど。先に自分の、正しいと思うことをするってことですかね。お金は後からついてくるっていう、なんか気持ちがあって。絶対いいことしてたり、喜んでもらえることすれば、後々それが繋がっていくんじゃないかって思って。金銭……お金が先に来てないってことくらいですかね。これは言っていいのかな(笑)。

——いや、格好良いと思います。

 どうなんだろうね(笑)。でもお金は後からの精神が強いかも。っていうのがポリシーかな。喜んでもらえることを先にする、っていうこと、でした。それを気持ち的には中心に置いてるかも。

——逆になんかこう、辛さを感じたりすることもありますか?

 辛さ。眠いとか(笑)。睡眠時間少ない時とかくらいかな。それこそ、一番最初の話のその、カッカカッカしてた20代の頃みたいな、精神的に削がれていく感じ?自分の意図しない方向……のものが入った時のストレスはもう全然なくて。精神的な辛さは前より全然なくて、今は。体力的な辛さがちょっと出始めた年齢になろうとしているんだなっていうのは、感じるっすね(笑)。

——気持ちとしては毎日楽しい。

 うん毎日楽しい。もうこれは確実に毎日楽しい。
 あと子供の存在がでかくてですね。

——わ〜でもそうですよね。

 子供いなかったらどうなっていたんだろうかっていうくらい、毎日楽しいっていうのはある。

——子供とかご家庭、奥さんもですけど、そういうのが支えになって。

 支えになってます。すごく。すごく支えてもらってます。声を大にして言いたい(笑)ふふふ。

——家庭ができる前と後ではやっぱり、結構大きく変わるっていうのはよく聞きますけど。

 うん変わった〜。全然後ろ向きな気持ちになることが、ほとんどなくなった。20代とかは結構悩みがちだったけど、結婚させてもらってからはもう全然そういう気持ちになんなくなっちゃった。良かったです。本当に良かったです。

——『レモンサワー』もそうですけど、色々な歌を覚えてますよね(笑)

 あ、そうそう!すごいよ!(笑)レモンサワー歌ってるよ、すごく。「レモンサワーはちょっと酸っぱい」を何回も繰り返してる。あとトゥーオーバーびっくりした(笑)。
 やっぱ俺が子守唄とかで結構歌ったりとか、聴かせるっていうよりは歌ってることが多くて。んで車の中でこう、実際の音源を聴いて流したりとかしてて。そしたらいつの間にか覚えてくれたみたい。なんかあれ、歌い始めたぞって思って、なんの歌歌ってんだろって思ったらトゥーオーバーだった(笑)。びっくりしたあの時。衝撃的でしたね。えっ!(笑)まあでもあそこの部分はね、聞きやすいメロディだから。

——英才教育ですね。

 レモンサワーびっくりした!ちゃんとわかってて。「ふっしー!」って言って(笑)。ドラムはふっしーが叩いてるって分かるんだあって思って。
 あと昨日すごいびっくりしたんだけど「じゅんじゅわじゅわじゅわ」って言葉を覚えたの(笑)。なんでいきなりって、何も言ってないんだよ別に。なんだったんだろういきなり「じゅんじゅわじゅわじゅわ」って言い出して。保育園で教わって来んのかなあ、それともうちらが「じゅんじゅわくんだよ」とか言ってるからなのか。

——不思議ですね…(笑)

 じゅんじゅわくんは一回会ったんだよ。「本物だよ〜」みたいな、言ってた(笑)。そのうちながいせんせも覚えそうだよ、「せんせ」って覚えそう(笑)

——将来楽しみですよね。

 楽しみ。どんな方向に行くんだろう。逆にライブハウス来なかったりして(笑)。

——(笑)まあそれもそれで。

 ねえ、全然良いけど。どうなっていくんだろうね、すごい楽しみ。

——そういう期待とか希望とかもやっぱ支えになりますよね。

 なる。何よりやっぱ一緒にいるのがすごい楽しくて。
 アピアさん、あのアピア40って東京の渋谷に、50年くらい続くライブハウスがあって、そこもやっぱ二代でやられてて。そういうのとかなんか良いなあとか思いつつ。ピストルさんとかがよく出られてたところで。竹原ピストルさん。もう老舗で。そういうのとかも憧れるなあとか思いつつも(笑)そこはもう本人の意思で、なんなりと。

——うん。でもなんか、好きな場所になってくれたら嬉しいですね。

 嬉しい〜。今のところ、あの例えば、りさボルト&Hysとか、TシャツPEAK ACTION載せてもらってる、プリントしてくれたやつとか、見ると「ピークアクション!」とか言ったり。例えばちょっとバンドサウンドが流れると「ピークアクション!」って言ったりとか。ああなんかピークに出てそうな、バンドサウンドだとそうなってんのかね。

——わかるんですね。

 ね。KOTORIとか流すと「ピークアクション!」(笑)。

——反射みたい(笑)。

 反射みたいなとこある。他のはそう言わないんだよね。例えば水曜日のカンパネラとか流すと、なんかそういうふうには言わなくてやっぱ。判断つくのかな、やっぱバンドだと「ピークアクション」って言う。判断ついてるみたい。

——もうバンドを聞く準備ができてますね(笑)。

 できてますね(笑)。

——やっぱ変わるもんなんですね。

 そう、もう180度変わった。

——でもやっぱ、責任とか覚悟みたいなところも。

 うんうん。それがでかいかも、知れませんね。それがでかいですね。

——ああ、それがあるからこそ頑張んなきゃ、みたいな。

 そう。落ち込んでる暇はねえ!みたいな感じ?「笹食ってる場合じゃねえ」みたいな(笑)。ダッって。ああいう感じ。責任……なのかなあこれは。うん。責任・覚悟ですか。かな。

——(自分にとっては)全然想像、まだできないです。

 うん、できないと思う。俺もできなかった。昔全然できなかった。食べさせていかなきゃならない(笑)っていう感じ。

 でもやっぱり子供って、なんか親が悲しんでいると、やっぱりそういうふうになる……ちょっと気持ち落ち込んでいくみたいで、やっぱ親が楽しいところを見せるのが良いって聞いたこともあったりして。親が楽しそうにしてんのが一番子供にとって良いことだって、書いてあったりするのを見ると、楽しそうにしてなきゃなって思う反面実際楽しいしなみたいな。

——いいパパですね。

 いや〜いいパパになれてたらいいけどね〜。なれてたらいいなあ。一緒にいんのはとにかく楽しいっすね。

——ちなみにその、5年前にお話を聞いたときに、『趣味は散歩と温泉』って。

 あはははは!暇人か(笑)でもそれは未だにちょっとあるね。温泉も未だに大好き、あの、隙あらば入りたい。散歩も好き、未だに。で息子と一緒に行くのが今は好きになりましたね。

——家庭ができるとそういう、パーソナルな、趣味とか、部分も変わったりするのかなって(思って聞いてみました)。

 変わんなかったねあんまり(笑)。意外と変わんなかった。そんなに変わんなかった。

——家族と共有のものになったんですね。

 ああでもうちの奥さんはそんなに温泉は、そこまでかな。でも共有のものになり、たいね〜。息子と一緒に温泉行きたいなあ。

——いやあ、いいっすね。

 今は熱がってだめ、まだ。「温泉行く?」って聞くと「いかない」「あつい」って(笑)。っていうことも言えるようになってきたりして。

——もうちょっとしたら保育園とかも通うように。

 あ、もう保育園も今行ってて。そう行ってるの。もうすごい毎日いろんな言葉覚えて帰ってくる。

——友達とかも。

 うん、なんか誰々くんっていう、はるちゃんとかって、名前出したりとかしてて。それもすごいびっくり。誰々ちゃんと遊んだよ、とか。

——他人と触れ合うのも大事ですよね。

 うん、協調性とか、社会性とかね。身につくっていうもんね。

——(家庭ができたということは)5年前と今とで、大きく違うところのひとつですよね。

 そうだね。それはもう大きく違うね。そんときは結婚してすぐぐらいだったんじゃないかな。ちょうど一年くらい。でも前回のことも覚えてる。なんか前回は、今ほど明確に答えられてなかった気がするっていうのは、すごい覚えてた。
(永井:どの辺でしたか?)あっもう全体的に(笑)多分こういうインタビューとかも全然慣れてなかったから。ちゃんと答えられたのかなあってことは覚えてた。

コロナ禍は「意味ある期間だった」

——これ聞いた時って、メインテーマが、今日はもうジョンさんが主役なんですけど、この時って多分その、郡山っていう一個のフィールドの調査をしてたから、そのライブハウス周りの歴史とか、音楽のカルチャーの話とかを聞いてたと思うんですよね。今どう、ジョンさんに見えてますかっていうのを。
 これ今、ジョンさんから、どう見えてますか?5年経ちましたけど。

 うん……もっと…活動してほしいって……(笑)みなさん活動待ってます…!っていう、のが、すごくありますねえ。

 まあ残念ながら、今は、盛り上がってるっていう感じというよりはね、どうしてもやりづらくて、出るに出れない人がすごい多いから。あんまり何も、何も言いますまいって感じなんだけど。
 ただそんな中でもこう、残っている人たちの、その素晴らしさがこうますます見えたっていうのはすごくある。特にzanpanの目覚ましい活躍はですね(笑)嬉しかったね、あとthing of gypsy lionの真琴さんの強さだったりとか。(永井:ありがとうございます。)こんな中で頑張ってるのは本当に素晴らしいっすよ、すごい。勇気ある、と思って、見てる。逆に本当励まされる。毎回いっつも。

——前回聞いた時って、ジョンさんに(郡山は)これからどうなっていきますかねえって聞いた時に、またこう若い人、何かサイクルがあるっていう話を、波があるって。
(編注:音楽の盛り上がりには周期的な傾向があるように感じられていて、2016年当時は下がり調子だったものの、その傾向でいけばまた再び盛り返していくのではないか、という話。)
また、今はちょっとこういう時期だけど(掌を下に傾けながら)っていう。

 それがこうなって(笑)。こう(掌がまた上に上がる)なるかと思ったら、こう(さっきよりもさらに掌が下に下がる)なったね(笑)。またこれがこう、(上に)なっていったらいいね。バンドブーム再来を願って。
 ただ、でもまあ別にバンドブーム再来じゃなくても、その今やってる人たちの素晴らしさを、ますます再認識できたのはすごく大きい。(コロナ禍は)意味ある期間だったと、自分は思ってます。

——全体的に悪い期間だったかもしれないですけど、いいこともいっぱいありましたよね。

 ありましたね。それは特にいっぱいありました。配信もできるようになったし。いろんな人の支えてくださったありがたみにも気づけるし。普段から気づいてろよってのはもちろんあるんだけど(笑)ありがたみを。ますます感じた。
 その、地元のバンド、zanpanもそうだし、「もっと見て」って思うようになったし(笑)ますます、もっと見てくださいみたいな。見つけて、誰かもっと見つけて!みたいな感じに(笑)気持ちになっていきましたね。

——ありがたいです。

 いやいや。こちらがありがたいっす。
 あと息子といっぱい居ました(笑)。

——郡山の話をしていったときに、ハコの種類というか、音楽性とか、いろんなジャンルがこう混ざり合ってる街じゃないかなっていう話があって、郡山が。
 ハコとしても、単純にライブハウスっていう形に囚われず、例えば結婚パーティとか発表会みたいな場として(も使ってもらえる場所でありたい)っていうお話は聞いたし実際そういうイベントがあったのも知ってるんですけど。

 うんあった。

——そういう単純にライブハウス、バンドがライブする場所、以外の機能みたいなものって、今ってどうですか?

 今だいぶ減っちゃった、そういう機能は。配信がやっぱりメインになってきて、世の中的に多くなってきて、なんか集まることが、少しNGっていう、感はやっぱりあって。そういう機能はちょっと失われてはいるけど。またいずれ、そういう機会が来たらいいな、っていう希望はありますね。それはもう変わらず、ずっと、何なりと使ってくださいっていう気持ちはもちろん。

——オープンマイクとかもいっぱいやってましたねえ。

 やってた〜。オープンマイク、またやりたいねえ。(永井:お肉焼いたりして。)うん。今はちょっとお肉難しそうだけどね。少しでも、集まりたい人が集まれるんだったらいいなあ。もうちょい先ですかね。

——ねえ、あともうちょっとっていう気も、しなくもないですけど。

 飲み薬とかできてきたら、だんだんね。

——まだまだ全然これから、期待とか希望っていうのも、あると思うしそれがないとやってけないっていうのはもちろんですけど。

 うん、希望はめっちゃあります。

——同じようなことを1、2回聞いちゃってるかもですが、これからライブハウスを続けていく中で、こうなったらいいなとか、こうしていきたいなっていうのは、改めてありますか?

 もちろん今の状況なので、なかなか来れないとは思うけどやっぱり集まってほしいなっていう、この"場所"に集まってほしいなあっていうのが。オフラインで。
 オフラインでもいいし、そのために配信とかやって、ああこういう場所なんだっていうのを見てもらって、いずれ行ってみたいなとか思ってもらうのも大事だなと思って。配信は続けていきたいなと思ってて。やっぱここで生で体感するのは別物だと思ってて、いずれここでまたみんなで集まる、集まれるようになるまで、そういう活動はしていきたいなと思ってるところです。

 あと、このコロナ禍できっとギター買ったりとかした人、結構いると思ってて。ただエレキギターは人気なかったんだって(笑)。なんかアコースティックギターが結構売れたんだって。とか、ドラムのスティックとか、結構売れてるみたいで、そういう人たちが、その配信とか見てここに来ましたっていう日が、来たらいいなっていうのは思ってます。

——それいいですね。

 それがすごい希望的、それを希望にしてるところ。新しいご縁が、来ればいいな。もしそういう人たちが来てくれて、出てくれて、またやろうみたいになってくれたら嬉しいなあ、って思ってるところです。

——若い人が全てではないですけど、新しい人に来てほしいっていうのは、ありますよね。

 それがすごくあります。
 あと例えば、ちょっとバンドやってたんだけど辞めてて、コロナ禍でちょっとギター弾いたら楽しくて、また始めようみたいな人も、いたらいいな。

——配信であろうと現場であろうと、人がいないと始まんないですもんね。

 そうっすね。まさに。
 あとステージに立つことっていうことの意味合いがですね、なかなか、まあもちろん人それぞれあるだろうけど、やっぱステージに上がるのはいいなあって思って。一回体感してくださいって言いたい。

——景色が違うから。

 景色違うよねえ。ライブをするっていうあの感覚、ライブをする・見るっていうあの感覚って、なかなか味わえるもんじゃないよなあっていう。

——そうですね。その体験ってずっと覚えてると思うし。

 うん。本当に一晩で、そのステージだけで人を変えたり、しちゃいますからね。

——それはすごくわかります。ふふふ。体験したので。

 ふふふ(笑)体験し続けてる人たちですから(笑)。

——我々もその一助になれたら。

 いや〜十分なってますよ〜。もちろん。こちらも少しでもサポートできたらなあと思って。zanpanさんの活躍がますます楽しみですね〜。いろんな層の人に支持されて。

——いやあでもジョンさんとふっしーのおかげっていうのは(大きい)。

 ふっしー、ね。いろんな人とのご縁を繋いでくれてるから。

——スタッフさんの話って聞くの忘れちゃってましたけど、今大変ですよね。人あんまり…(笑)。

(笑)正直あの、人件費が特に大変。あっでも二人、あかりちゃんとふっしーがいてくれるからもう、それだけで全然、イベントは成立できるんだけど。イベントない、人入らない、配信も全然見てもらえないっていう時の人件費は結構大変っていう時期は一時期あって。給付金助かった〜と思って。
 ふっしーあかりちゃん本当助かってる〜。本当すごい頑張った〜、この期間本当めちゃくちゃ頑張った。あかりちゃん飲みすぎてて心配だけど(笑)。

——ジョンさんはもう、ずっとじゃあPEAKは、現役でこれからも。

 現役でこれからも、やっていきます。まずは今もう目標の40歳になったから、次は50歳目指して。

——そしたら60歳。

 次は60歳目指して(笑)。

——続けられる限り続けて頂きたいなと。

 耳聞こえなくなってんだろうなきっと(笑)。そうっすね、その頃には誰か……(笑)。

——先々のことは具体的には。

 うん、それは全然考えてないです。まずは続けられる、場所を守ろうと。まずは今正直必死なところがあって(笑)。先、読めなすぎちゃって。まずは一日一日大事にと思って。

——うん、そうっすね。一緒に頑張らせていただきます。

 いやあ是非とも。いつもありがとうございますせんせ。一緒に頑張っていただいて。励みをいただいておりますいつも。うちの子がいつかレモンサワーフルで歌えるようになるのが楽しみだなあ(笑)。

——あんまり遠くない気がします(笑)。

 ね!すぐちゃんと歌えそう。クラスで浮くんだろうな〜そしたら(笑)。逆に広めてくれるかどっちかだよね。

——楽しみっすねえ。

 楽しみっす。クラス中にレモンサワー広まったらすごいなあ。

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渡邊文昭(わたなべ・ふみあき)
1982年1月22日生まれ。福島県出身。
LIVE STAGE PEAK ACTIONオーナー。ライブでのPA・照明のほか、レコーディングエンジニアとして様々なアーティストの音源を手掛けている。
ピアノサポートで演奏やレコーディングに参加したり、ユニット"杜撰オールスターズ"として舞台にあがることも。
<Twitter>
渡邊文昭(@jonwatanabe)
PEAK ACTION(@peakaction1)
<Web>
LIVE STAGE PEAK ACTION

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