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あおぞら探訪記
色々が膨らんでメンタルが危うくおわりを告げかけた。こりゃアカンということで、タイムカードをンニャー!と押した勢いのまま夜行バスに飛び乗った。
行き先は幼少期を過ごした町、愛知県は北設楽郡東栄町だ。
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字面や駅の体裁から伺えるように、なかなかの田舎町である。ちなみに駅は鬼の顔を模している。赤鬼が舞う花まつりの里。0歳からの約6年間をオレはここで過ごした。当時同級生はオレを含めて3人だけだった。
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まずはかつて住んでいた町営住宅を目指した。
バスの運転手と、乗り合わせた中学生達が和気藹々と話していた。運転は近所のおばちゃんがパートでやっているような感じだった。
長くはないトンネルを抜けた先に広がるのが大字本郷。町の中心部であり、かつてオレが暮らしていた地域だ。オレは根っからのしてぃぼーいだったんである。
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うん、町の中心部である。当時からコンビニだってあった。その名もLICS(リックス)。9時17時営業だった気がする。さすがにもう閉業していて建物だけ残っていた。代わりに24時間営業のファミマが近くに一軒出来ていて、ファミリーマート前っていうバス停があった。便利だ。さすが中心部。
住んでいた一戸建ての賃貸住宅を眺めてから、当時の遊び場へ向かった。
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当時サワガニを取ったり涼をとったりしていた場所。山の水が溜まっているところだから「やまみず」。見ての通り背の高い草が生い茂ってしまっていた。草刈りが事実上の本業となっているオレでも、ここの草を刈るのは嫌だ。
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同級生のチヒロくん(仮名)の家はオレが住んでた家から駆け足10秒のとこにあって、今もご両親が住んでいるようだった。チヒロくんは大学進学のタイミングでこの町を出て、近々結婚するという噂を聞いた。
もう一人の同級生であるナナミちゃん(仮名)の家がある方へ足を伸ばした。ナナミちゃんも名古屋の高校か大学へ進学したと言う話を聞いたが、その後は知らない。
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神社の横には通っていた保育園があった。今は建物はそのままで、よく分からない施設になっていた。保育園の運動会かなんかの練習の時、オレはミツバチに刺されたことがあった。この町で樵をしていたオトンはキイロスズメバチに刺されて、アナフィラキシーショックを起こした。蜂って意外と本当に刺すから今でも怖い。
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この時点で朝の9時くらいだったと思うけど、誰ともすれ違わなかった。不意にブーンと通りすがる蜂に怯えながらテクテク歩いた。
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前述した花まつりというのはこの奥三河の伝統あるお祭りで、メインは榊鬼の舞である。寒い時期の深夜に行われ、「てーほへてほへ」の掛け声と共にリアルな赤鬼の面を被った人がマサカリを担いで踊るのだ。
この東栄ドームもその舞台のひとつ。その時の記憶を詩に書いてるので是非読んでください。
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町営住宅まで戻り、今度はかつての通学路を歩いて小学校を目指した。
ある日の通学中、チヒロくんがふざけてオレに傘でツンツンとちょっかいをかけてきた。一丁前に虫の居所が悪かったオレはその傘をわっしと掴んで地面に打ち捨てた。すぐ仲直りしたから良かったけど、オレは何をそんなにイラついてたんだろう。
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一年半くらい通った小学校は、僕が転校して間もなく閉校し、どこかに統合された。だから今も校舎が残っているのかさえ怪しかったが……。
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見事な廃墟として現存していた。規制線が張られているわけでもなく、かといって手入れがされている様子もなく、中庭も校庭も草が蔚蔚としていた。
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校庭をぐるりと囲む桜は健在だった。地域のお花見広場になっているのかもしれない。
こんな感じだけど不思議と怖くはなくて、むしろオバケでも出たらいいのになと思った。小学校低学年くらいのその子に着いていけば、どこか素敵な秘密基地に案内してくれるはずだった。もしそこから帰って来れなくなったとしても、いいような気がした。
東栄町には廃墟がいっぱいあった。壊されるでも使われるでもなく。
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旧小学校を裏道から出て川の方へ下っていった。この頃には住人もぼちぼち外に出てきてて、すれ違えば必ず挨拶をしてくれた。
夏休みになると川が開放される日があって、そこで泳いだり生き物を見たりして遊んだ。見覚えのあるようないような辻を曲がって、その遊泳場所へ繋がる小道を見つけた。約二十年前の記憶もなかなか侮れない。
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向こう岸までは15mくらいだろうか。流れもあるし真ん中あたりは結構深くて、臆病なオレは一度も向こう岸へ渡ったことはなかった。
もうひとつどうしても見たいスポットがあって、一服したのち出発した。草木を掻き分けたり、塀をよじ登ったり飛び降りたりと、近年稀に見る腕白振る舞いで進んだ。
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ウグイスとカエルと草刈りの声が方々から聞こえた。本当の夏に来てたら蝉時雨がうるさかっただろう。最後にヒグラシの鳴き声を聞いたのはたぶんこの町だった。
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お目当てのスポットに近づいてきた。この日が晴れで本当に良かった。空が青くて本当によかった。
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オレは青空と鉄骨のコンビネーションに目がないのである。この嗜好が目覚めたのは大学生になってからだった。それ以来この東栄町の鉄骨群をもう一度見たくて仕方がなかったのだ。
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もうこれでお目当てのスポットは粗方回った。連日の夏日はこの田舎町も例に漏れず、既に汗だくだったし、歩き回って足も張ってた。再びバスに乗って向かったのは。
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そう、この町には温泉が当時からあったのだ。バイト終わりに躊躇なくバスに飛び乗ったのも、汗や蜘蛛の巣を厭わず歩き回ったのも、すべてはこの温泉があるからこそだった。
ここは結構人が多くて、町人が全員ここに集ってるんじゃないかと思うほどだった。
長風呂は苦手だけどさすがに気持ちよくて、すぐに出るのは忍びなかった。露天風呂で足だけ浸けて、目では青空と稜線を、耳では川の轟音を、鼻と肌では翠の風を堪能した。
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風呂上がりに昼食をとった。飲み物はビールと迷ったけど、もう酒を飲んでお茶を濁すことはやめたので、コーラでお茶を濁す酒を濁すことにした。竜田揚げは、東栄チキン特有のものなのか調理法によるものなのかは知らないけど、ギュチギュチな身だった。美味しかった。
デザートにアイスも食った。昔この町で、ナナミちゃんと一緒にピノを買いに行った。レジでお互い持ち合わせた小銭を全部出したが、残念ながら足りなかった。レジのおばちゃんは友達のお母さんで、叱られながらもそのピノを買ってもらった。あとでオカンにも怒られた。初めてのお買い物は苦い思い出なのである。
オレはどうも、嫌な記憶を手前に、良い記憶を奥に仕舞う癖があるようだ。そして嫌な記憶を出しては眺めて、傷を弄んでしまう。
東栄町に来て、原初の記憶に触れて、案外記憶は忘れているものではなく、奥底に仕舞っているものなのだと気付いた。折に触れて思い出せるなら、日頃からいじくり回す必要なんてない。そうやって気に病むことはない。
過去のことは仕舞っておこう。こうして旅の記録をnoteに書くのも、仕舞い込む作業のひとつだ。
次のバスまで90分。近くを散歩して時間を潰した。
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バス運転手のおばちゃんと3度目の挨拶をした。4度目はたぶん無いだろう。
駅まで戻ってきた。ホームでしゃがんで電車を待った。カンカンカンと踏切がなった。オレをここに閉じ込めようとするような、くぐもった音だった。
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重い腰をあげて、扉開閉のボタンを押した。東京へ帰る前に、地元へ顔を出すつもりだった。そこにはオレが生きなければならない理由がある。
空が青い。それ以上の幸せをオレはまだ知らない。まだまだこれからなんだろうと思う。東京の空だって青い。