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「第三の歯」の誕生:歯生え薬と日本のベンチャーが描く未来の歯の再生治療

私たちが生まれたときには、既に乳歯が存在し、成長とともにこれらの歯が永久歯に生え変わるというのは、ほとんどの人々にとって自然なこととして受け入れられています。しかし、遺伝や病気、事故などの影響で、生まれつき歯が欠損していたり、一度失った歯が再び生えることはありませんでした。そんな中、画期的な研究が進められており、"歯生え薬"という新たな可能性が注目されています。この薬によって、第三の歯が生える未来が実現するかもしれません。今回は、その歯生え薬の研究と、それを取り組む日本のベンチャー企業、トレジェムバイオファーマ株式会社とその背景にある情熱的な研究者たちの物語を紹介します。

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歯生え薬の概要

歯の欠損は、多くの人にとって大きな悩みとなります。その原因は、先天的なものから後天的なものまでさまざまです。先天性の欠損には、先天性無歯症と部分無歯症があります。先天性無歯症は遺伝的な要因によるもので、発症率は0.1%と非常に稀です。一方、部分無歯症は乳歯が永久歯に生え変わらない状態を指し、発症率は10%と一般的です。後天性の歯の欠損は、老化、病気、事故などの結果として生じます。

これらの歯の欠損問題を解決するための新たな方法として、歯生え薬の研究が進められています。この薬は、先天性無歯症の治療法として実用化を目指して開発されているもので、骨形成たんぱく質の働きを阻害する分子の働きを抑制することにより、歯を生やす効果が期待されています。動物実験の段階では、この薬を投与することで歯が生えることが確認されており、さらに、乳歯や永久歯の次に生える「第3の歯」を生やすことも研究されています。

会社・研究者紹介

この画期的な歯生え薬の研究を進めているのは、日本のベンチャー企業「トレジェムバイオファーマ株式会社」です。同社の代表取締役、喜早 ほのか氏は、中学2年生の頃に顎の骨の病気で手術を受けた経験があり、それがきっかけとなり歯科口腔外科医を目指しました。歯科医師としての臨床経験を背景に研究を進め、2018年には歯生え薬によってマウスの欠如歯が再生したことを確認。この成功体験から、2020年5月に歯生え薬の実用化を目指して起業しました。

また、喜早氏とともに研究を進める髙橋克氏も同社の取締役・最高技術責任者として活躍しています。彼は喜早氏と共同でこのベンチャーを創業し、歯生え薬の研究開発に尽力しています。

これらの研究者たちの情熱と専門知識により、歯生え薬の実用化に向けた研究が着実に進められています。

歯生え薬の詳細 効能 実績など

2007年に過剰歯(通常よりも多い歯)を持つモデルマウスが発見されたことから、新たな歯の研究のきっかけが生まれました。特に、USAG-1遺伝子欠損マウスは、通常は退化してしまう歯の芽が退化せずに成長することで過剰歯を形成します。

この発見をもとに、先天性や後天性の歯の欠損を治療するための新たな方法が模索されました。マウス抗USAG-1抗体の作製に成功し、歯の数が少ない遺伝子欠損マウスに1回投与することで、歯の数が回復することが確認されました。さらに、ウスやビーグル犬、フェレットなどの動物実験でも、歯の数が増えることが確認されています。

現在、ヒトへの適用を目指して、製造方法や精製の検討、安全性試験の準備が進められています。この歯生え薬には、人々のQOL(生活の質)を大きく向上させる可能性が秘められています。

論文の内容ピックアップ

歯生え薬の研究と関連する論文の中で特に注目すべき内容をいくつか取り上げます。

まず、『Science Advances』に掲載された論文「Anti–USAG-1 therapy for tooth regeneration through enhanced BMP signaling」では、歯が外胚葉性の器官として、くちばし、爪、角、エクリン腺と同じカテゴリに属することが明らかにされています。また、この研究により、口蓋裂の修正も可能であることが示唆されています。ただし、研究の拡張として、犬や豚などのモデルでの追加調査が必要とされています。

次に、『Scientific Reports』に掲載された論文「Local application of Usag-1 siRNA can promote tooth regeneration in Runx2-deficient mice」では、歯の異常が人間における一般的な先天性の異常であり、歯の欠損の高い発生率が世界中の人口の1%に及ぶことが報告されています。この研究は、Usag-1欠損マウスとRunx2欠損マウスを交叉させることで、停止していた歯の形成が再開されることを発見しました。

これらの論文は、歯生え薬の研究の深化とその可能性をさらに確認する重要な情報を提供しています。

実用化

歯生え薬の研究は、今後の実用化を大いに期待されています。特に、遺伝性の先天性無歯症に対する治療薬としての展開が進められており、現在までに存在しない画期的な治療法として注目されています。

先天性無歯症の患者には、遺伝子の状態に基づいて、1度の抗体製剤の投与で通常の数の歯を生やす治療が提案されています。また、部分無歯症の場合は、永久歯胚が形成されていないことが診断された段階で、抗体製剤を1回投与することで永久歯の成長を促す治療が考案されています。更には、後天性の歯の欠損に対しても、永久歯の次の歯の芽を成長させ、新たな歯が生える再生治療を目指して研究が進行中です。

現段階での計画として、まずマウスやサルを対象にした安全性試験が行われる予定です。2024年頃には健康な成人を対象とした薬の安全性の臨床試験が開始される予定で、続いて2025年頃からは2~6歳の子どもを対象とした先天性無歯症の治療薬としての臨床試験も予定されています。そして、2030年頃の実用化を目標に、研究が進められています。

歯生え薬の研究は、多くの人々のQOL向上を実現する可能性を秘めています。研究の進行や治験の募集情報も注目される中、今後の発展が大変楽しみです。

まとめ

歯の欠損は、遺伝や病気、事故など様々な要因により生じるが、再生のための有効な治療法は長らく存在しなかった。そんな中、"歯生え薬"という前途有望な治療法が日本で研究されている。トレジェムバイオファーマ株式会社を中心に、研究者たちは動物実験を成功させ、臨床試験に向けての準備を進めている。特に、喜早ほのか氏の経験や情熱が、この研究の原動力となっている。今後の臨床試験の成功により、遺伝や事故で歯が欠損した多くの人々の希望となることを期待している。近い未来において、"第三の歯"が生える日が来るかもしれない。

参考:
#18 夢の「歯生え薬」で歯科治療に革命を | Series EMBARK | 京都大学イノベーションキャピタル株式会社 https://www.kyoto-unicap.co.jp/embark/toregem/

トレジェム・バイオファーマの研究開発 – Toregem Biopharma https://toregem.co.jp/development-project

Anti–USAG-1 therapy for tooth regeneration through enhanced BMP signaling | Science Advances https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.abf1798

Local application of Usag-1 siRNA can promote tooth regeneration in Runx2-deficient mice | Scientific Reports https://www.nature.com/articles/s41598-021-93256-y


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