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発達支援で2番目に大切にしたいこと

一番大切なのは子どもの人権

 発達支援に関することを仕事として行う上で、最も重要であり守らなければならないと思うものは、子どもの人権です。このような当然のことをあえて言うのは、日本は子どもの権利条約に批准してからも国連子どもの権利委員会から勧告を受けたり、障害者権利条約に批准するまでに相当の時間が必要だったりしている、人権後進国ともいえる状況が続いているからです。また、残念なことに、発達支援の現場では子どもの権利を守ることの重要さを軽視し、支援や指導と称して子どもに必要以上の負荷をかけている場面があるようにも感じています。この点に関しては、かつて当たり前のように行われていた(かもしれない)「療育」、「指導」の負の側面について、改めて整理したいと思います。

そして、その次に重要になることが「支援者との間で愛着形成を図ること」であると、私は考えています。

 子どもにとって愛着を形成することは、養育者との距離を縮めて自分の安心・安全を確保することにつながります。そのための手段として、笑顔や鳴き声、後追い等の行動を示すのですが、そうした子どもの行動に対して支援者がいかにリアクションするかということが、愛着形成が進むか否かを分けることになります。子どもの発達において愛着の果たす役割は様々な側面から検討されていると思いますが、特に、ネガティブな感情状態に平静さを取り戻すという役割を持つことが、発達支援においてこれを大切にしなければならない理由であると言えます。

支援者はゼロからのスタート

 子どもは生まれた直後から、主たる養育者との間で愛着を形成するための様々なやり取りを重ねてきています。生まれながらに、愛着を形成するのに不向きな特質を持っている子どもはいますし、養育者にも同じような事情がある場合もあります。それでも、数年後に発達支援を受けるような状況に至るまでには、程度の差はあれ、愛着に基づくに対人関係を作ってきているのではないでしょうか。
 ところが、専門家といわれる支援者のもとにやってきた子どもと支援者の間には、初対面の時には何の愛着関係も形成されていません。それにもかかわらず、その日からこの二者は相互のやり取りの中で発達を進めていく時間を共有することを求められていきます。もし、自分が初対面の子どもの支援を始めることになったとしたら、その子との間でどのようなやり取りから始めるでしょうか。目の前の子どもの年齢から推測して「〇歳時として求められる大人とのやり取り」を期待していくでしょうか、発達検査によって確認した「〇歳時相当の発達」を基準にするでしょうか。
 正解かどうか、どこまで可能かどうかは分かりませんが、生まれた直後の子どもと養育者が経験していくやり取りを、支援者は改めて子どもとの間で重ねていく必要があるのではないかと私は考えています。

個体発生は系統発生を繰り返す、から

 生物学には、「個体発生は系統発生を繰り返す」と言われる反復説なる仮説があります。例えば、人間の胎児が、魚類、両生類、爬虫類、原始哺乳類という進化の諸段階を繰り返すような発生プロセスをたどるというものです(かつてそのように学校で勉強した記憶があります)。
 それと同様に、、、とまではいかないと思いますが、愛着の形成過程も、対象になる相手ごとにその最初期の段階からその都度繰り返されていくのではないかと思うのです。つまり、生後0日で出会った親と数年かけて形成してきた愛着関係を、支援者とは初対面の日を「0日目」として改めて築いていくのではないでしょうか。もちろん、人の発生が生物の進化に要した時間を極端に短縮したように経過していくように、第二・第三の養育者や支援者と子どもがたどる愛着形成の道筋も、時間的には短期間でステップアップしていくものと考えられます。
 これは、あくまで思い付きの話ですが、支援者として出会った子どもに対して、まずは生まれてばかりの赤ちゃんに接する親のような態度で接していくことが、害になるとも思えません。相手が嫌がらないように近づいていき、泣いていたら抱き上げてあげて、どんな要求があるのかを探りながら手を貸してあげるという単純なやり取りが、愛着形成とその後の対人関係の基礎を作っていくのではないでしょうか。

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