塚田@フラットスペース

【公認心理師・臨床心理士】公務員心理職として、虐待、経済的困難、発達、非行等にかかわる…

塚田@フラットスペース

【公認心理師・臨床心理士】公務員心理職として、虐待、経済的困難、発達、非行等にかかわる「生きにくさを抱えた子ども」の育ちを応援しています。習志野市(千葉県)を拠点に心理職が中心となって活動する市民団体「フラットスペース」の代表です。(注:投稿は私個人の意見が反映されたものです。)

マガジン

  • 「療育」での当たり前を疑って発達支援をアップデートする

    日々の仕事を通して、かつての「療育」で当然とされていたことを見直し、これからの「発達支援」に必要なことを考えていきたいと思います。

最近の記事

⑤支援を続けていると「一人でできるようにならない」…?

支援の「質」  児童発達支援施設では、“障害のある子が様々な生活スキルを身に付けたり、発達を後押ししてもらったりするための療育”が行われています。そこでどのような支援が受けられるのかということは、施設に子どもを通わせる保護者にとってはとても気になるポイントでしょう。発達支援施設について調べていると、“〇〇な子にぴったりな□□療法”であるとか、“△△の認定資格を持ったセラピストが行う専門的な療育”といった魅力的な言葉が、きれいな写真と一緒に並べられているホームページに出会うこと

    • 発達支援で2番目に大切にしたいこと

      一番大切なのは子どもの人権  発達支援に関することを仕事として行う上で、最も重要であり守らなければならないと思うものは、子どもの人権です。このような当然のことをあえて言うのは、日本は子どもの権利条約に批准してからも国連子どもの権利委員会から勧告を受けたり、障害者権利条約に批准するまでに相当の時間が必要だったりしている、人権後進国ともいえる状況が続いているからです。また、残念なことに、発達支援の現場では子どもの権利を守ることの重要さを軽視し、支援や指導と称して子どもに必要以上

      • ④「以前はできたことができなくなる」か?

        誰の目にどのように映っていたか 前回(「療育」での当たり前を疑って発達支援をアップデートする③「経験不足でできない」)は、“できなかったことができる”ようになることを促すというテーマで書きました。それとは正反対に、子どもの様子をとらえて“以前はできたのにできなくなった”と言われることがあります。そうした言葉を聞くと、つい「以前からできていなかったのではないか?」、「どういう状況で“できていた”のか?」、「ほんとうに“できなくなった”のか?」といったことが頭に浮かびます。誰がど

        • ③「経験不足でできない」

          足りないものは「経験」か? 児童発達支援事業所では、その施設ごとの特色もあると思いますが、子どもが様々な能力やスキルを伸ばしていくための手助けを行います。前回の記事(「療育」での当たり前を疑って発達支援をアップデートする②「やればできる」の?)でも書きましたが、“できなかったことができる”ように変化を促すためには、それができなかった時にはどのような能力が不足していたか、できるようになるためにはどのような支援を提供すればよいのかということを考えます。私が勤務する事業所は、日常的

        ⑤支援を続けていると「一人でできるようにならない」…?

        マガジン

        • 「療育」での当たり前を疑って発達支援をアップデートする
          5本

        記事

          ②「やればできる」の?

          「やればできる」への違和感 この言葉自体、私自身もこれまでに口にしたことがありますし、日常の中で特に抵抗なく使われているものだと思います。ただし、私が勤務している職場で行う仕事のように、独特な育ちの過程を歩んでいる子どもたちに対して何かしらのスキルを身につけられるような手助けをしたり成長の過程を見守ったりする立場の人間としては、何かが足りないように感じられてなりません。 偶然できた=何もしていない 私が、この言葉を聞いたときに足りないと感じてきたものが何かと言うと、“どうし

          ②「やればできる」の?

          ①はじめに

          「療育」への違和感  数年前から、縁あって児童発達支援事業所で児童指導員として勤務しています。大学で心理学を学び、その頃は児童虐待にまつわる問題に関心があったために卒業後は児童相談所に就職したのですが、その後、転職や人事異動のためにいくつかの職場を経験してきました。現在の仕事は、学生の頃には全くと言って良いほど関心が薄かった分野です。関心が薄かったと言うよりも、「障害児の療育」を行う(行いたいと思う)人に対する抵抗感が強かったのかもしれません。そして、実際に働き始めると、子ど