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なぜコロナ禍で教員をやめるのか

 おはようございます。ふらっとほわいとです。

 小学校教員をしたり、学び創造舎ムゲンダイの運営をしたりしています。

 さて。今回の記事では『なぜコロナ禍で教員をやめるのか』というテーマで記事を書きます。

自身の能力不足

 もちろん、他の自治体も考えたことはあります。でも、ぼくには今の公教育だと厳しいと思いました。決定的に「1人で集団をみる」ということが厳しいんだと思えたからです。
 例えば、小学校では30人もの子どもが学ぶことが求められます。指導して評価することが求められます。
 保護者との連携をしていくことも、周りの先生と協働することも同時に求められます。

職業選択への悩み

 自分自身、今年度の教採の応募ですら、悩みました。だからこそ、教採も受けたし、teach for japanにも応募したし、落ちたら中学校がいいと伝えてみるかなぁとか考えていました。はじめから心はブレブレだったんです。教員採用試験で志望動機を聞かれても、ろくに答えられないくらいには、ブレています。

 しかし、今年の5月から学校以外でも多くのことを学び、たくさんの人と関わってきました。たぶん、延べ人数であれば数千人です。

 そんな学びを通して、たくさん考えました。たくさん悩みました。怖い気持ちもあります。公教育は、ここ数年は動くことのない安定があります。それは、今は不動と思われている事実だと思います。

 けれど、ぼくは公教育への関わり方を変えます。それを公教育が許してくれるなら、関わり方を変えたいんです。ここにも、しっかりとした理由があります。ぼくには、『地球を学校にしたい』という夢があります。この夢は、今の公教育にはできません。断言できます。今の公教育では、少なくとも日本にいる限りは、できません。許してもらえません。どれだけぼくが学校にいる人たちの思いを変えたところで、どうにもできないんです。

力を注ぐ場所

 今、わたしのいるさいたま市でも。小学校だけでも104校もあります。その一つでできたところで残りの103校には届きません。そして、小学校に届けたところで、さいたま市内にも中学校があり、そこにも届けなくてはいけません。さいたま市内にも届かないし、埼玉県には届かないし、日本になんて届きません。

 そう考えたとき、まずは自分の周りから力を注いでいこう、と思えたのです。そうした方がやり方を示すことができ、それをマネしてくれたら日本中に広めていけるだろうと感じました。

 じゃあ、それをどれだけできるのか?と考えたところ、公務員であることでできないことがあることにスゴいストレスをも感じはじめました。

 物事をやるには、お金が必要だ。じゃあ、そのお金は手に入るのか?と言われたら、行政の支援だけでは間に合いません。そのためのお金をほかで稼げるのか?と言われたら、そもそも兼業には許可がいるし、取れたところで時間も体力も奪われていきます。

 その一方で、ぼくには追い風が吹いています。今だから吹いているんです。コロナだから、世界中でオンラインが広まりました。年齢がまだ若いので挑戦を許される世界でした。えんとつ町のプペルが公開され、夢を見ることが笑われない世界になりはじめました。

クラウドファンディングに挑戦

 だから今ぼくは動いています。学び創造舎ムゲンダイを立ち上げ、「やりたい」を伴創する学び舎を作ろうと思いました。そして、クラウドファンディングをはじめました。公務員である以上、別の場所で収入は得られません。だったら、公務員をやめよう。ぼくのやりたいことはここではできない。決意は固まりました。クラウドファンディングの終わりを4月6日にしたのも、これならルールを守った上で、できそうだと思ったからです。

 正直、去年12月末に辞めようかと思った時期もありました。けれど、やめられませんでした。今の公教育の問題は、子どもたちは関係ありません。一ミリとして問題ないんです。だったら、その子を裏切るような離れ方はしたくない。出来る限りのことはやろう。

応援してほしい

 〇〇さんのように、公教育に残ってほしいと感じてくださる方はいます。必ずいるはずです。たとえ、ぼくが仕事が遅いと思っていても、職場の中でもいるはずです。(いると信じたい。)それでも、やっぱり諦めきれないことが、今やっていることなんです。

 改めて、この気持ちに共感してくだされば、応援してほしいです。
 よろしくお願いいたします。

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