忍殺関西ヘッダ03

ニンジャスレイヤー二次創作【ガール・アンド・ボーイ・イン・オオサカ】

キョートの地表。碁盤の目めいて整然と構築された街並み。
アッパーガイオン。
磁気嵐を貫く唯一無二のテックによりもたらされていた祝福的経済は、磁気嵐そのものの消失によって失われて久しく、代わりに訪れた暴力という名の嵐は未だ収束していない。
だがそれでも、長きに渡り連綿と築き上げられた観光都市を有する共和国としての地力が、心臓であり血液でもある経済活動そのものを止めさせはしなかった。

そんな破壊と再生の只中にある街並みを、並んで歩く男女二人。
一人は鈍色装束の人畜無害そうな大の男。
一人はパンクなファッションに身を包んだ若い女。
「地獄お」とレタリングされたマフラーが、風を受け静かにゆらめいた。
男の方が、やや先導している。

「ッたくさァ、まだ着かねぇの?」
「もうちょっと……もうちょっとの辛抱だ」

彼らの名はシルバーキーとイグナイト。共にニンジャである。
ある目的のため、このアッパーガイオンの街を南下していた。

「あ、ほら。もうこのあたりはそうさ」

シルバーキーは手を横に広げ、周りを見回しながらイグナイトへ呼びかけた。街並みの変化は、イグナイトも気づいているところだ。

「確かに……なんか違うな。ここがそうなのか」
「ああ。オオサカだ」

オオサカ地区。シルバーキーが口にしたその名は、かつてのキョートに隣接していた大都市の名でもあった。
キョートの独立から間もなく、その影響力を危惧した共和国政府により、強引に吸収される形で日本国から消滅したのだ。
シンボルであるオオサカ城はキョート城の権威確立のために打ち壊され、今では地区のネームバリューや文化を観光利用する形で、極めて限定的な形でガイオンの中に生きながらえている。
その気風は言わばネオサイタマに近く、奥ゆかしきを尊ぶキョートにおいて、現在も例外的に猥雑であることを許された地区でもあった。
それはガイオン南門に隣接するが故の防波堤としての役割があると同時に、一種のガス抜きも兼ねてのものでもある。

「クイダオレ!」「クイダオレ!」
「マイド!」「オッキニ!」

耳慣れないチャントめいたスラングが聞こえ出す。
ギラギラとしたネオンが徐々に増え、空気が変わる。

「フーン……なんか、意外だな」

イグナイトのつぶやきに反応し、シルバーキーが顔を横に向けた。

「お前がこういうトコ来てるようなイメージ、あンまなかったからさ」

ヒリヒリするような空気。喧騒。
おそらく磁気嵐消失後の影響を、良くも悪くも強く受けてはいるのだろう。

「いやまぁ……俺だってしょっちゅう来てたわけじゃないよ。こういうとこ」
「んじゃなんで連れてきたンだよ」
「回数は少なかったけど、それでも印象には残っててさ……」

睨むイグナイトを手で制する。お互いに歩みは止めないままだ。

「あったぜ!あそこだ!」

シルバーキーは走り出す。イグナイトも渋い顔をしながら追いかけた。

「この店……前食べたとこだ。流石だな、まだあるなんて」
「マイドッ!ウチは俺がくたばるまでテコでも閉めやしねぇよ!」

店主の景気のいい声が飛んだ。

「二人分で」
「アイヨッ、ヨロコンデー!」

出されたトークンを受け取った店主が即座に焼き始めた。
追いついたイグナイトは看板を見やる。
そこには、「タコヤキ」のペイント。

「……何かと思ったら、これかよ」
「食ったこと、あるか?」

微妙な表情を見せるイグナイトに、シルバーキーが少し意地の悪い笑みを見せながら問うた。

「あるに決まってんだろォ!ライブハウスで食ったりとか、そういうのさァ」

イグナイトは露骨に不機嫌そうな声を出した。
無理からぬ。この旅は元々、ある日シルバーキーから「メシでも食いに行ってみないか」と持ちかけられたことが始まりだ。
ネオサイタマも徐々に落ち着いてきてはいた。周囲からの勧めもあり、断る理由もなかったので承諾した。
まぁ、たまには良い。この男とは知らない仲でもない。
さぞかし高級な……とまで期待はしていなかったが、少なくともこういったことで人を落胆させる類の人間ではないと彼女は踏んでいたのだ。
嫌いではない。しかし彼女の中で、タコヤキは紛れもないジャンクフードである。

「別にさァ、オゴリで文句言うわけじゃねぇケド」

熱に乗ってくる香ばしい匂いに気を許しそうになるが、それはそれこれはこれだ。シルバーキーは苦笑いを返すばかりである。
小規模クレーター地帯のような調理器に注がれた生地には、既にタコが投入されている。
店主は頃合いを見計らい、手際よくピックでくるくるとひっくり返してゆく。こんがりとした焼け目が顔を見せ、焼き上がりが良好であることを一目で伝えてくる。

「ふぅん……」

店主を前に文句ばかりを言うのも彼女の趣味ではない。
食うだけ食って帰りの道でこの鈍色の同行者に好きなだけ感想を叩きつけてやればよいと、二人でしばし完成を見守った。
行きがけは当然ながら何も腹に入れていないので、否が応でも食欲が刺激される。
だがそれは単なる本能である。それ以上でも以下でもない。とイグナイトは気を張る。そして。

「オマチッ!」

8つのタコヤキが入った簡素なパックが差し出された。イグナイト、次いでシルバーキーが受け取る。
良い匂いだ。最早それは素直に受け入れる。
だが。イグナイトは訝しんだ。

「……ソースは?」

何もかかっていない焼いたままの状態で整然と詰められたタコヤキに対し、彼女は彼女にとって至極当然の疑問を投げかけた。
店主が何かを言おうとするその前に、シルバーキーが対応する。

「まぁ一度、そのままで食べてみてくれないか。なあ、オヤジさん」

その言葉に無言で応えるように、店主はニヤリと隙間だらけの歯を見せて笑った。

「このままで?食って?美味いって?」

イグナイトはシルバーキーに対して、再び不機嫌そうな表情を隠さなかった。

「騙されたと思ってさ、一口ぐらいどうだい」

シルバーキーはいつもと変わらぬ穏やかな顔でそう持ちかける。
イグナイトは瞬時に思考した。
実際不味くはないのだろう。だがそれでも、ソースをかけない理由が彼女の中で見当たらない。
タコヤキとは、ソースがなければ味気なく粉っぽい食感の塊でしかない食い物だと認識している。
だがこの男が勧めるからには、それで終わるとは思いにくい。
どのみち妙なところで頑固なのだ、このシルバーキーという男は。
嫌だと言っても粘るに決まっている。
そういった人となりはよく知っているつもりだし、信頼もしている(もちろんそれを口になど出さぬが)。
ならば、必要以上に意固地になる理由もない。
そして何よりも、腹が減っている。限界だ。
手元には程よい熱と食欲をそそる香りを漂わせる、焼き立てのタコヤキがあるのだから。

(……ん?香り?)

その違和感に突き当たった彼女は、最早迷いなく楊枝に刺さったタコヤキを一つ、口に放り込んだ。

「あむっ……」

熱さは大して気にならない。そういう体質なのだ。
故に、冷まさずにそのまま咀嚼する。
……その時だ。

「ッ!?」

彼女の味覚はこれまでにない感覚を味わった。
自分が今食べているのは……ただのタコヤキのはずだ。ソースも何もついていない。目が見開かれた。
口いっぱいに味が。香りが広がっている。
生地だ。タコヤキの生地そのものがとても芳醇なのだ。咀嚼を続ける。
タコの欠片は柔らかく、それでいて噛む瞬間に理想的な弾力があった。
限界まで抵抗した後、プツリとほどけるように千切れてくれる。
市販のタコヤキのように乱暴に噛み潰す必要などない、良質な食感がニューロンに届けられる。
瞬く間に一つめを飲み込んだ。その風味はなおもイグナイトの口内に残り、鼻孔を刺激し続ける。
もう一つ、もう一つだ。
楊枝を刺し、口へと放り込む。
今この瞬間、イグナイトの世界には自分とタコヤキだけが存在していた。
咀嚼。改めてその芳醇さを味わう。
安い小麦粉と味のしない卵で作られた生地に、合成ゴムのようなタコがブチ込まれたボール型食品。
それが今日までの彼女の抱いていたタコヤキの認識だ。
口に入れれば、ソースの味がしてそれで終わり。
ソースが美味ければそこそこ満たされるし腹も膨れる。その程度のものだった。
多少いい店のタコヤキとて、高が知れていると……だが、違う。
文字通り、次元が違っている。
生地そのものから溢れ出る味はとても柔らかで……奥ゆかしい。

「これは……ダシか?」
「ご明答」

店主が今度は気持ちのいい笑顔をしてみせた。
そうだ。生地にダシで味をつけているのだ。
それもそこらのスーパーで売っているような安いものではあるまい。おそらくは手作りの……何たる人間味か。

「美味ェ……美ッ味ェ!」
「へへへ……オッキニ」

三つ目、四つ目と飲み込んでは口に入れてゆくイグナイトを見ながら、ゆっくりとタコヤキを食するシルバーキーは満足そうに笑う。
普段、食に拘ることなどほとんどないイグナイトにとって、これは全くもって新鮮かつ衝撃的な体験だった。
飽きない。まだ飽きない。何層にも重なった味は、市販のソースの薄っぺらいジャンクな味とは大違いだ。
おそらくダシだけでなくショーユも使われているのだろう。彼女のニンジャとしての鋭敏な味覚はつぶさに感じ取り、堪能し、瞬く間にその全てをたいらげた。

「いやぁ、いい食いッぷりだったねお嬢さん。そういうの見ると嬉しくなっちまわぁ」
「……うん、すげぇ美味かった」

イグナイトはやや考え込み、照れ臭そうに口を開く。

「オカワリ」
「ヨロコンデー!!」

トークンを出そうとするイグナイトを、シルバーキーが制した。

「今日は俺のオゴリだって」
「……いいよ、なんかシャクだし」
「じゃ、半分ずつでどうだ」

イグナイトは不承不承ながらも了承する。
プライドで遠慮を押し通そうとする行いはシツレイに当たるからだ。
相手がこの男と言えども、そこはわきまえなければならない。

「満足してくれたみたいで、何よりだ」

ニッと笑うシルバーキーに感謝と敗北感が入り混じった感情を覚えつつ、イグナイトは観念したように笑い返す。

「今日はまだまだ食うぞ。他にも美味い店、いくらでもありそうだ」
「ははは……お手柔らかに頼むぜ」
「オマチッ!」

今度のタコヤキには網めいた形でソースとマヨネーズ、さらにはカツオブシにアオノリもかかっていた。
彼女にとっては馴染みのあるスタイルだ。

「よかったらコイツも食ってみてくれよ……ガッカリはさせねぇぜ」

自信に溢れた店主のその言葉。実際、イグナイトはまたも衝撃を受けた。
見た目は派手だが、タコヤキそのものの味を塗り潰してしまわない絶妙な味付け。
悔しいが、これからの人生でタコヤキを食べる度に、自分はこの店のことを思い出すのだろう。

「……お前さァ、ネオサイタマにいる時も、こんな調子でアタシの身体で美味いモン食いまくってたんだな」
「いや、それはちょっと……人聞きの悪い言い方じゃねェかな」
「フーン。……ま、イイや。タコヤキウマいし」

二人は並んでタコヤキを食べ終えると、店主に礼を言い、店を後にする。

「よーし!次はカニ食うぞ、カニ!」

スイッチの入ったイグナイトは、目をギラギラと点滅させながら足を蠢かせている巨大カニのカンバンを指差し、炎のような髪をなびかせながら走った。

「本当に手加減してくれよ、頼むぜーッ!」

長い一日になりそうだと、シルバーキーは苦笑いを浮かべながら彼女の後を追った。

【ガール・アンド・ボーイ・イン・オオサカ】終わり



ドーモ。この小説は2018年6月24日に【COMIC CITY大阪 116】内 で行われた『ニンジャスレイヤー』プチオンリー「ニンジャ収穫祭in関西(関西忍穫)」でのR-9=サンの企画であるニンジャ収穫祭in関西 記念アンソロジー【GO WEST!】への参加作品に加筆修正を行った完全版です。
「関西要素のあるニンジャスレイヤー二次創作」ということで、「ウォーカラウンド・ネオサイタマ・ソウルフウード」シリーズ的なノリでイグチャンにタコヤキ食わせよう!ついでにカタオキと旅行もさせよう!という発想のもと、グルメ漫画的アトモスフィアをブチ込んで書き上げた作品となっております。

一応時系列は3部から4部の間のどこかという体で書いてますが、本編との整合性などはそんなに気にしない感じで…。

そんなわけで、アンソロを読んで続きが気になってこのページまで来てもらった方、ありがとうございます。
アンソロ未読だけどここに来てこの作品を読んだという方もありがとうございます。幸せです。

当該アンソロ本については電子版が6月30日に無料頒布予定とのことですので、未読の方は是非ご一読ください。
ヘッズ諸氏の愛とアトモスフィアに溢れた一冊となっています。

それでは、ご覧いただきありがとうございました。
そしてR-9=サンを始めとした関係者・参加者の方々全てに改めての感謝を。

スシが供給されます。