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人は恋をする、何があっても #12

今回は急だったから予約も何もない。虎ノ門界隈の信州料理のそば居酒屋みたいなところだった。

座ってあの女性(ひと)は言った

「いきなりですみません。でもどうしても矢野さんなら分かってくれると思って聞いてほしいんです」

長い話でかつ脈絡がない部分もないではないが一言でまとめれば会社生活の愚痴、であった。彼女の勤める会社はワンマン社長で採用されるのも確かな奴ばかりではなく入れ替わりが激しい様だ。旦那さん(いること初めて知ったよ、ワオ!)に事情話してもよく聞いて理解してくれないから、どうにもやりきれなくなって自分が呼びつけられた、ということのようだ。愚痴を聞くのは楽なものだ。相手の腰を折らずに聞き続ければいいのだから。うんうんと聞いて、それはね、とかこれは大変だったね、と返せばよいのだ。相手の目を見ていれば大丈夫。相手は聞いてほしいのだから。自分は内側にため込むタイプで愚痴では発散しない。滓のように腹の底にたまっていき消えていく。発散しているのをじっと受け流していれば時は過ぎる。

が、である。なんと閉店近くまで店におり、呑めないはずのあの女性はヤバい量をベロンベロンに呑んでいるではないか。トイレにいってもなかなか帰ってこない。ここでアバヨとはいかないから困ったなあ、と思ったら閉店時間が来て、ビルの共有部分からも二人セットで追い出されてしまった。ウチはどちら、と聞けば和光市だという。昔、練馬に住んでいたから交通事情を知らんではないがもう終電にはぎりぎりだ。しかしあの女性はヨレヨレで、見捨てて帰るわけにはいかないよなあ。もう吐き終わっている、というから、タクシーに同乗して帰ることにした。

まさか宿泊施設に人妻連れこめねーよ、自分の倫理観では。おぢさんの家は京王線の北野である。ここはカネを捨てたと思うしかない。

タクシーに乗り和光市を目指して出発。近づいたら起こすからね、と言い聞かせた。肩に頭を預けてあの女性は寝入ってしまった。やれやれ。

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