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人は恋をする、何があっても #4

また1年が経った。出会って1年後、翌年の同じミーティングにあの女性(ひと)は来ていた。ちょっと変わった感じのフェミニンな服装がとてもよく似合っていた。長い髪を結い上げ、フチなしの眼鏡。年齢不詳とはいっても若いわけではない。お上品なマダムである。お化粧もナチュラル。今回は若い部下もつれていた。

今の自分はバツイチから3年後に再婚し、子供もできた。転職もほぼ同時に行っていて、人生は完全にリセットされていた。離婚転職という大波を二つ超えたところで分かったことは「やらなくても後悔するなら、やって後悔しろ」だった。あの女性は100%、自分に魅力的ではなかった。ミーティングが1泊2日で、単独ではないけれどもセッションの間や、食事をする機会もあり合って話がができる機会は多かった。話をしてみれば、仕事で重なる分野の部分もあるし、趣味も神田の古本屋をめぐるのが趣味というから話題に共通性も多かった。特に江戸時代の和綴じ装丁の古書、浮世絵を含む木版画の知識はずば抜けていて、今までこんなに突っ込んだ話をした人はいなかった。今年は二人きりにはなれなかったが、いろいろな話が出来て楽しかった。ミーティングの別れ際に名刺交換をしてお別れした。一人っ子なので理解できていないけれど、妹がいるならあんな妹であってほしいとか思っていた。のぼせている。

妻との仲は順調であったし、妻とは美味しいものを食べに行ったり、多摩川河畔を半日歩いて会話をして息子も幼児なろうかとしており、二人で面倒を見るのがとても楽しかった。両親もまだ元気だったから後顧の憂いはなかった。当時は海外出張も多く、仕事もやりがいがあった。

余計なことに手を出すことはできない状況であった。あの女性のことは頭から消え去ろうとしていたある日、それは虎ノ門ヒルズが出来て間もないころだったが、虎ノ門ヒルズに昼食を取りに出かけたら2か月ぶりにあの女性とばったり再会した。

「あら、矢野さん、お久ぶりです。覚えていらっしゃいますか」

「もちろんですよ。高木さん。お元気でしたか。先日は楽しいお話ありがとうございました。よくご存じなので驚いたんですが古書のお話、とても楽しかったですね。」

「矢野さんの会社はこのお近くなのですか。私は霞が関に近い方です。」

「奇遇ですね。ウチは西新橋のはずれのもう虎ノ門隣接地帯ですよ。」

「高木さんとは虎ノ門ヒルズをはさんでご近所だったんですね。」

「矢野さん、お仕事お忙しいんでしょう。」

「今月の山は乗り越えましたから、来月の出張決戦の準備中ですよ、今は。来月はインドネシアで戦ってきますよ」

「あら、大変ですね。お時間あれば古書のお話したいですね」

「そうですね。」

「あっ、時間来ちゃったから行かなきゃ。ウチはワンマン社長だから時間にうるさくて(苦笑)。これ先日にもお渡ししてましたが、私の名刺です。ご相談に乗っていただきたいこともあるし、古書のこともお話したいので、ご連絡いただけると嬉しいです。」

「ありがとうございます。高木さん、また時間見てお会いしましょう。」

「失礼します。」

「お気をつけて。」

連絡ほしいって? 自分も名刺はあの女性にあの時に名刺を渡しておいたはずだが?なくしちゃったのかな。連絡することにしよう、と思った。

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