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人は恋をする、何があっても #20

来週なんてすぐに来る。店は池袋の「松風」、である。歴史ある、といえば聞こえはいいが、要は昭和の居酒屋である。20代の頃、バイク仲間とよくここで酒をかっ食らっていた。安いし、うまい。問題はせまっ苦しく、あまりきれいでないことだ。Google先生でも出てくるが、きれいな店はもっと早くに出てくる。ここが出てくるころには店は決まっていることが多いだろう。

あの女性(ひと)は時間通りに丸の内線改札にやってきた。

「高木さん、お疲れ。仕事は順調?」

「矢野さん、ぶっちしてきちゃいましたよ。楽しみです」

「ご期待に添えるといいんですがねえ。なにせ老舗なもんで。若いころバイク仲間と飲んだくれていた店ですよ」

「そうなんですね。以前はバイク乗りでした。今はバイク便の会社で総務部長やっててバイクからは降りてますけど」

「バイクは私も降りて久しいですよ。懐かしいとは思いますが老人なので」

「頭禿げてないし、お腹もそんなに出てないから矢野さんは年齢より若く見えますって」

お世辞でもうれしいものだ。オッサンはおだてに弱い。

「松風」に着いた。あの女性を見ると案外、意外な顔をしていない。おっさん趣味を理解しているのか?

「こんな感じの店は好みです。和食ですよね。うれしい」

「じゃ。行きましょう」

店では海鮮物やら山菜物やらを頼んだ。季節柄、筍のわかめ炊き合わせがあったので頼んだ。自分が食べたいものを頼むルールなのだ、今晩は。

「あっ、筍。分けてくださいよぉ。飢えてるんです」

「あげたくないな。ウソだよ。いいよ。おあがりなさいな。筍って自分でやるのは手間だもんね」

「実家では良く父が採ってきたのを食べていたので懐かしいです。あっ、ここのは上手だな。美味しい」

「よかったねえ。私もいただきますよ」

いいペースで飲み食いして2時間ほどたった。

「矢野さん。もう一軒行きましょうよ」

「お腹いっぱいだよ」

「食べるんじゃなくてお酒がいいです」

えっ、酒は得意になったのか???

やはり若いころ通っていたバー「Asha」へ行く。昔は東口の東急ハンズの際にあったが、今は場所を変えて西口にある。造りは多少変わったがこじんまりとしたバーである。

「矢野さん、さすがですね。今でも平和台あたりにアパートひっそり借りてない?」

「それはありません。運がいいだけです」

「Asha」ではとりとめのない話をするが、旦那の愚痴が意外や多いぞ。恋愛結婚で挙式、披露宴もしなかった、というからよほど強い絆で夫婦やってるのではないのか。ウチはバツイチの自分と初婚の妻とは結婚相談所で知り合っているからそれなりの境界線はあるのだが。

こちらが帰れなく時間も近くなったので、店を出た。それに呑んだのか、少し足取りが怪しいが今回はアウェイはこちら。駅まで送れば帰宅するだろう。

仕掛けてみるか。本気ではないし。

そっと手を握ってみた。さっと振り払われた。

「矢野さん、そうじゃないのよぉ、手のつなぎ方」

「?」

手を繋ぎなおしてきた。恋人つなぎである。

「楽しかったの。美味しかった。癒されました」

「ありがとう。よかった」

「矢野さんの手は暖かいのね。手が温かい人はココロが冷たいって言うけどホントかしら」

「その学説は初めて聞いたから何とも言えないね。呑んでるから血行がいいだけじゃない」

「ウフフ」

別れ際に有楽町線の改札でもう一回、確かめるようにぎゅっと手を握られた。

押し込まれているのは、相手じゃない、こっちだ!

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