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人は恋をする、何があっても #7

あの女性(ひと)から急にメールが来た。「ご相談に乗ってほしいことがあります。明後日、お会いできませんか」エライ急である。そんなに仕事おいこまれているのかな?こちらには下心はない。あの女性が困っているなら助け舟くらいは出してもいいかな。仕事と家庭を調整して会うことにしてメールを出した。場所は銀座の個室料理店だそうである。

当日、場所に行ってみれば、とてもしっとりした和食のお店である。あの女性は時間に少しばかり遅れて息切らせてやってきた。前菜をいただき、世間話もそこそこに仕事の書きかけレポートを持ち出してきた。「なんだか書いていて結論が腑に落ちないんです。ストーリーが綺麗過ぎます。私は何か見落としているのではないでしょうか」読んでみれば、確かに理路整然と報告書は書かれている。ストーリーはIPOにピッタリで未来を感じさせてくれるストーリーだ。しかし、自分は何かおかしいと思った。

レポートを何回も読みなおし、あの女性の持ってきた補助的な資料もよく目を通してみた。専門的に言えば企業における実質支配者の持ち分があの女性の持っている資料とレポート内容ではわずかだが乖離している。犯収法的にギリギリをついている、うまいやり方である。しかしこれでは中小企業の場合にはすぐに支配権がコロコロ変えられてしまう。そのことを指摘したら、「ああ、やっぱりそうですよねえ。私が直感的に感じていたことが理論的になってとてもうれしいです。ここで仕事終わりにします!」この後はほっとした様子で料理を美味しそうに口にしている。お酒も飲めないというが、梅酒ならいけるらしく少し嬉しそうにちびちびやっている。

古書の話や毎年のミーティングのメンバーの話にも及んでとてもリラックスした雰囲気で時間が過ぎていく。こちらもビールと美味しい肴で楽しんでいる。

楽しい? 楽しい!!!

女性と話をすることがこんなに楽しかったのか、と思い出すかのような錯覚を覚える。あの女性は自分とは一回り近く年下であるとわかった。

時間も来たので引き上げることになった。店の勘定は自分が払うといって頑として聞かない。困っていたのを助けてくれたお礼だから、という。が、自分だって妻子あって衰えたとはいっても男性としてもメンツはある。女性にメシをおごられるのはかなり不快であった。

「自分はオールドタイプの人間です。女性にごちそうになるのは慣れていないし、気がとても引けるんです。毎回ごちそうになっては気が引けてしまってお会いすることはむつかしくなってしまいます」あの女性には正直に打ち明けた。

あの女性はポカンとした顔をした。それからあふれるように微笑んでこう言った。

「わかりました。今日は私は勘定を自分で払うつもりでお誘いしていましたし、実際にいろいろご助言いただいたので私に払わせてください。でも次回お会いするときには矢野さんの美味しいと思うお店に連れて行ってください。そして今回の分とチャラかそれ以上になるようにたっぷりごちそうしてくれませんか」

自分はポカンとした顔をした、と思う。そんな直球で仕掛けてくるオンナがいるか?それはもはや好意を通り過ぎて自分という男に甘えたいとサインをだしたも同然なんだぞ??キミはわかってやっているのか???こんな奴は初めてだ!!

「わかりました、今日は高木さんにごちそうになります。ありがとうございます。ご馳走様でした。では次回は高木さんを私の飛び切りのお店にお連れするという約束ですよ。いいですか。」

「はい。私こそ思い切り楽しみにしていいですか。矢野さんはとてもグルメとお見受けしましたからとても楽しみです。明日から仕事頑張る気になります!」

あの女性は、こちらに仕掛けてるんだか、天然なんだかよくわからくなってきた。好意を持ってもらえたことは確からしい。私はあの女性に借りが出来てしまったのだ、と悟ったのはあの女性と夜の銀座で別れて家路についた電車の途中である。

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