ジョーカーを観る前のあれこれと観た後のあれこれ

今日は『ジョーカー』を観てきた。昨日は台風が暴れていたので、家に篭って『ジョーカー』を作る際に参考にされたという『キング・オブ・コメディ』を観て、買ってから積んでいた漫画の『ルポルタージュ』を読んで、期間限定で公開されているお布団という劇団の『破壊された女』を観ていた。どれもとても面白かった。

『ジョーカー』については、苦しい環境に生きるアーサーがいかにしてジョーカーになったか、を生々しく描く作品だと聞いて身構えていたので、昨日見た作品の中でたまたま表現されていた、傷つけられた人間の起こす犯罪について、映画を観る前にも観た後にも、もちゃもちゃ考えた。

『キング・オブ・コメディ』は自分が認められたくて、注目されたくてたまらない気持ちの塊みたいな主人公が、コメディアンを目指す話だ。主人公のパプキンは、アーサーがTVショーの観覧席にいる自分を妄想し、君には才能があるよ言ってもらうシーンと同じタイプの妄想し続けて、他人の発言も自分のいいように思い込み、自分の欲望を満たそうとする。彼は自分に都合のいいことしか理解しようとしないから、誰の言葉も耳に届かないモンスターみたいで恐ろしかった。

でも確かに、人に認められたいという気持ちは誰しもが持つし、そういう妄想に身に覚えがないという人は少ないと思う。程度の差こそあれ、誰かに認められたい気持ちとして変わりはない。

そして、認められないという気持ちが高まる状況の手前にセットになって存在しがちなのは、他人との隔絶だ。
アーサーはその病気や周りの環境によって色々なものと隔絶されている。だから、カウンセラーに話していたように、自分の存在があるのかよくわからない、と思っているし、TVショーの自分を妄想した。そして他者との隔絶は確実に人の心を蝕む。

過酷な環境にあるアーサーは、それでもほんの少しだけ他者とのつながりを持っている。しかし、『ジョーカー』という作品はそのつながりを一つ一つゆっくり断ち切り、"俺に失うものがなくなる"までを丁寧に描いていくことで、アーサーが狂気のジョーカーになる納得感を作っている。お陰で彼は陳腐な悪にはならない。
そして、認められたいと思ったことのある観客は魅了される。

漫画『ルポルタージュ』の中では、人々が共同生活を送るコミューンを無差別殺傷のテロが襲う(それだけが物語の主軸ではないが、ひとまず置いておく)。その犯人は愛されずに育ち、人と隔絶してしまった存在だ。
この作品でも、この犯人の過去は丁寧に描かれ、不幸な過去を持つ犯人をきっちり肉厚に語っている。

こういうことを陳腐な悪の物語にせずに、肉厚に語ることはとても重要だと思う。なぜならばジョーカーもまた1人の人間であることを知る余地がないことは、現実のトーマス・ウェインとアーサーの隔絶を広げるばかりだと思うからだ。

お布団の『破壊された女』には、その両者間の深い隔絶が描かれていたと思う(ここから観れます。期間限定ですが)。テレビのニュースでも、人から伝え聞く話でも、Twitter上のゴシップでも、向こう側にいるのは肉を持った人間だと感じ得ないことが、この嫌な感じの世界を作ることに繋がると思い知らされる。もはや目の前の人間にすら感じないこともある、ということにも言及している。

かといって、『ジョーカー』という作品が批判されるように、TVショーでマレーが決して許されることではないといったように、肉を持った人間らしいアーサーが、ジョーカーとして至った地点に賛同できるかというと、そうは言いがたい。
本当は、そうならないような社会を望むけど、『ジョーカー』を観てそういう気持ちにはあんまりならない。アーサーに同調しちゃうので。

実はそういう面に、別の角度から答えを出すのはドラマ『アンナチュラル』や、同クールの『anone』だったりするのかも、と前に書いた『anone』の感想を振り返って思った。
『アンナチュラル』も、『anone』も不条理に傷つけられた人々を肉厚に描きつつ、いかにして負の連鎖を引き起こさずに生きるかを丁寧に描いているからだ。彼らはささやかながら生活を編むことで、負の連鎖を遠ざける。

でもまぁ、『アンナチュラル』にも『anone』にも、なんとか負の連鎖を起こさずにいる主人公たちと分岐した地点の、負の連鎖を起こしてしまった人たちは登場する。
結局は、偶然とタイミングで負の連鎖に至るか至らないかが決まるというのも確かな事実だ。アーサーも、偶然銃を落とさなくて会社から解雇されなければ、TVショーに映像が取り上げられなければ、母の手紙をこっそり読んで母の秘密を知らなければ、ジョーカーにはならなかったかもしれない。

結局、どうにもならねぇ! し、全然自分も加害側に居る瞬間がある、と思って若干絶望しつつ。でも、『ジョーカー』はめちゃめちゃクオリティが高くていい映画だったと思う。
それと同時に、ジョーカーを肯定してしまうことにも恐れはあるので『ルポルタージュ』とか『アンナチュラル』『anone』を手放すことはできない。

#映画 #感想 #ジョーカー

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