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タグ付けしない生き方

自分はこれをやっている人間です。これが目標で、だから今こんなことをしています。

そういう「強い主張」ができなければ、自分の存在を見失ってしまいそうでダメだと思っていた。

意外だと言われるけれど、ずっと自己紹介が苦手だった。相手がどんな人かもまだわからないのに、なにを話せばいい?自己紹介をがんばったところで大体忘れちゃうでしょう?みたいなひねくれた自分もどこかにいる。(ドラマ「大豆田とわ子と三人の元夫」の中で慎森もそんなことを言っていた気がするし)

自分を表現する#タグはあった方が説明がわかりやすいし、話が早いし、楽に人生を渡っていけるのかもしれない。けど、強い自己主張を頑張ることは、なんだか私の肌には馴染まないんだよなあとしばらく思っていた。

だったら。下手に自分を主張しようと頑張らず、逆に考えてみたらどうなんだろうか。

自分が何者かなんてどうでもいいから、相手の表現やアウトプット、ひいては存在に対して、「どう感じたか」ということに目を向けてみる。そして伝えてみる。つまりは「良い受け手」になってみたい。

そんな風に考えたら、すっと腑に落ちたし、めちゃくちゃ楽なことに気がついた。なるほど、これが肌に合うということか。

私の場合、相手ありきでうごいた方がすごく楽なのだ。それを「自分が無い」という風にも言えるのかもしれないけど、そういうわけではなく(結構頑固なところもあるので)、すでにあるものに重ねていく方が単純に自分を出しやすいだけ。

そういう視点で振り返ってみると、自然と伝えることをやってたなあと思う。

・憧れていた服のブランドを買った時のときめきを文章にしたら、それが巡り巡ってデザイナー本人に届いてすごく喜んでもらえた。そこから展示会に呼んでもらったり、一緒にいろんな話をする友達になれたこと。

・すごくよかったワークショップの感想を勝手にメモして伝えたら、パンフレットに載せる短いコラムを書いて欲しいと言ってもらったこと。

・旅先で親切に街を案内してもらった人との思い出を文章にして、彼女に送ったらとても喜ばれて次はうちに泊まってねと言ってもらえたこと。

いずれにしても共通しているのは、相手へ自分が感じたことを丁寧に伝えると、すごく喜んでもらえる。そしてそれは、私にとってもすごく嬉しい。

自己主張の中には、単純に「私はこうです!」という伝え方の他にも、「あなたに対して、自分はこう受け取ったよ」と伝える自己主張もあるのかもしれない。うまく言えないけど、受け取り方が、そのまま個性になるみたいなこと。

そんなわけでしばらくは、良い受け手になってみることを目指してみようかなあと思ったのでした。

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