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自殺日和①

積雲の1つもない。
魂は激昂しているが、心は至って安らかだ。

ある日、掴んで離さないようにした大切なものが、指の隙間からスルリと落ちてしまう。それは空気中にふわりと漂い、握ることができない。

春の部屋に秋の風がいたずらに吹く。空気の中の棚上の孤独が、ふんわりと浮き出している。

私は持ち物を一つ一つ、手のひらに載せて丁寧に握る。それらはどれも、耐え難き受難の後に得た大切な宝物だ。

何も感じることができない。
そこには一切の喜びも、安らぎもない。
失ったという感覚だけが残る。

何故ならそれらは全て、渇望を諦め必要でなくなった途端に、手のひらに乗っていたものだからだ。

まだ吸えるタバコを捨て、次のそれに火をつけた自分への懲罰だと考える。私は酸素について思考を巡らす。

段々と交感神経がヤスリで激しく削られていく。思考はすり替わり、私は貪婪な自分の血を責めている。

首の動脈を切り裂き、神経を身体から引き抜かなければならないという切迫感に駆られる。包丁を手に取り、衝動が下す最後の命令を待つ。
どこか冷静な私は、誰かのかつての声を聞き、滑稽な魂をなだめる。

この反駁した思考に打ち勝つには、今いる暗室から飛び出るほかない。頭蓋骨の扉を懸命に叩くが、鍵は外の枯れた街路樹の小枝に吊るされている。

無論、私はこの部屋から出ることができない。肺は水に包まれ、部屋は孤独な繊維に満ちてゆく。

地球は私に酸素を提供したが、私はこの空気中の孤独を剥がすことができない。

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