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MAU 4,000万人の決済サービス、 Cash Appのユーザー獲得戦略

この記事はサンフランシスコでFintechプラットフォーム Chipper Cash のAlan Tsenさんに翻訳の許可をいただいて公開しています。(文章の都合上一部改変と加筆をしてます)

元記事は「A Deep Dive Into The Cash App's Growth Machine」で、Fintech Raderでは他にもためになる記事がたくさんあるので是非読んでみてください!

月間決済者数が4,000万人に到達したCash App

記事に入る前にCash App自体について簡易な紹介をします。

Twitter創業者であるジャックドーシーが創業した「Square」が提供しているアプリで、決算書によると月間のトランザクション数は4,000万人とされています。

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決算書内では「WAU/MAU」が成長しており、MAU自体を増やしながらもユーザーリテンション自体も伸びていることがわかります。

Cash AppはSquare社内のハッカソンイベントから生まれており、個人間送金から仮想通貨取引、店舗決済、BNPLと幅を広げています。

そして2021年10月26日にはCash App Payをリリースしています

このCash Appがいかにして立ち上がり、4,000万人までユーザー数を伸ばしたのかの一端を追って行きます。

市場へのチャネルが全て

C向けFintech(消費者向けの金融プロダクト)では、市場へのチャネルが全てです。

これは強い主張であり、間違い無く意見が分かれるところでしょう。誤解しないでいただきたいのですが、プロダクトが成功するかどうかは他のいくつかのニュアンスによって決まります。しかし、C向けFintechにおいては、「銀行業を再構築する」ことよりも「市場へのチャネルを見つけること」の方がはるかに重要です。

C向けFintechで特によく見られる罠で、多くの人が「自分たちのプロダクトが既存の銀行のプロダクトよりも優れたUXを提供すれば、人々は自分たちに集まってくる」と信じています。残念ながらこれは真実ではありません。

これはC向けFintechに限ったことではなくMarc Andressenが「High Growth Handbook」から以下のように抜粋して指摘しています。

神話や伝説に反して、成功したテックカンパニーの一般的なモデルは、プロダクト中心ではなく獲得チャネル中心になることです。ベンチャー企業にとって最も悔しいことの一つは、より優れたプロダクトを持っていても獲得チャネルを持つ企業に負けてしまうことがあることです。テック業界の歴史を振り返ると、実はこのパターンの方が多いのではないでしょうか。そのため、過去50年、60年、70年の間に、IBM、Microsoft、Ciscoなどの巨大企業が台頭してきたのです。

確かに、プロダクトが課題を解決することは重要です。しかし、それは必要条件であって、十分条件ではありません。C向けFintechでは、できるだけ低いCACでプロダクトをユーザーに普及させられるかが勝負です。

SquareのCash Appの場合、ユーザーあたりのCACを20ドルまで下げる方法を見つけただけでなく、一貫してポイントを押さえたユーザー獲得モデルで、レッドオーシャン市場の雑音を切り抜けました。

レッドオーシャン市場に投入されたCash App

SquareがSquare Cash(後にCash Appに改名)をローンチした時、すでに個人間送金(P2P)市場はレッドオーシャンでした。アメリカのP2P市場は既にVenmoとPayPalが独占していました。さらにGoogleが同様のメール決済プロダクトをリリースしたばかりでした。

Square Cashはレッドオーシャン市場に投入されただけでなく、初期の実装は驚くほど初歩的なものでした。Cash Appリリース時には、アプリも$Cashtags(Cash Appにおける顧客ID)もなく、送金したい相手にメールを送り、そのメールの件名に「cash@square.com」のCCを入れて送金額を記載するというものでした。受け取った人は、メールに記載されたリンクをクリックしてデビットカードをSquareにリンクさせた後に、指定された金額を受け取ることができます。

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また当時のSquareはPoS端末に接続するCoF製品であるSquare Walletをどうするか考えており(結局2014年に廃止)、社内で失敗するプロダクトになる可能性もあったとされています。

しかし2021年、Cash Appは猛烈なグロースをしています。財務的な観点から見るとCash AppはSquareに恩恵をもたらしています。2020年第2四半期の時点で毎月3,000万人のアクティブユーザーがおり、17億ドルを自分の口座に入金しています。同社はこのプロダクトによって12億ドルもの収益を獲得しています。

さらに素晴らしいのは、Cash Appの認知度を高めるために使った戦略はそれほどユニークなものではありませんでしたが、その戦術と実行力はほとんど完璧なものでした。

次世代向けのグロース施策

Cash Appのグロース戦術と実行をいくつか見てみましょう

P2P版ハッシュタグ「$Cashtags」

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2015年にリリースされた「$Cashtags」機能は個人間送金のハードルを一気に下げた機能です。

ユーザーが独自のIDを発行でき、他のユーザーから送金を受け取ることができます。WikipediaやUNICEFなどの機関も利用していました。

メールアドレスやQRコードを掲載するなどの手間が省ける上、SNSなどにもシェアしやすい観点からバイラル的に利用される機能となりました。

Twitter版宝くじ「Cash App Friday」

金曜日にTwitter上で行われる「Cash App Friday」はCash Appの代表的なマーケティング施策の一つです。

キャンペーンの開始日はCash Appがランダムに決定し、Twitter上で誰でも参加可能です。キャンペーンに当選すると$500をCash Appで受け取ることができます。

参加希望者はCash AppのTwitterアカウントをフォローし、#CashAppFridayのツイートを「いいね!」「シェア」「リプライ」をして「$cashtag ID」をシェアするだけです。Cash AppのTwitterフォロワーの増加、SNS上でのバイラルチャネルとして有効に機能している施策と言えます。

あつまれ!どうぶつの森とのコラボ

Nintendo Switchの人気ソフト「あつまれ!どうぶつの森」で無料でベル(どうぶつの森内の通貨)を配るという施策も行なっていました。

Twitter上で「$Cashtags」と「Dodo Code」(どうぶつの森のID)をシェアするというものでした。このようにミレニアル世代やZ世代が頻繁に利用するSNSやゲームの導線にくまなくCash App浸透させる方針を取っていました

古い戦略、新しい戦術

the Roe Rogan Experience」や「Pod Save America」などのポッドキャストを聞いたことがある人は、Cash Appの広告を聞いたことがあるでしょう。Twitterを利用している人は、"Cash App Friday"で500ドルを獲得した幸運な人もいるかもしれません。また、「とびだせ!どうぶつの森」のプレイヤーは、「Cash App」のおじさんが遊びに来てくれて、ベルをもらったかもしれません。ミレニアル世代やどうぶつの森プレイヤーであれば、Cash Appの広告が至るところにあるように感じるのではないでしょうか。

Cash Appはほとんどのフィンテックブランドができなかった「米国の大衆文化に浸透」することができました。フィンテックプロダクトが米国のメインストリームでこれほどまでに文化的な関連性を獲得するのは珍しいことです。

Cash Appを使ったマーケティング戦術を、Twitterで無料のお金をばら撒くことと「インフルエンサーマーケティング」を組み合わせたものに過ぎないと割り切るのは簡単ですが、Cash Appがこの戦術を使った他の企業と異なるのは、低コストのグロースモデルとしてこれらの戦術をいかに効率的に使ったかということです。

Cash Appの人気の高い金曜日のプレゼント「Cash App Friday」を例に挙げてみましょう。

週末に先駆けてお金をプレゼントするというアイデアは、コミュニティが生み出したものでした。Money.comの記事によると

2017年後半まで、Cash App Fridayのツイートは、女性がネイルや美容院に行くためにCash App送金をねだったりしているものなどでした。Cash Appはこのトレンドに乗っかっています。Cash Appのアカウントは、2017年8月11日に「#CashAppFriday」のハッシュタグを初めて投稿しました。その数日後、「あなた方が発明したので、私たちはそれをGIFにしました」とツイート。それが#Cash AppFridayです。

このWeeklyキャンペーンが軌道に乗ってから、Cash Appは現金プレゼントを低コストのリードジェネレーションマシンに変えて行きました。Burger Kingとコラボしたキャンペーンでは、$Cashtagsを返信すると学生ローンを返済するキャンペーンを実施しています。(結果10万人のユーザーがリプライ)

他にもTravis Scott氏と行なったキャンペーンの経済効果は下記の通りです。

Square社は、Travis ScottやLil Bなどのラッパーやその他のインフルエンサーとBurger King同様のキャンペーンを行い、Cash Appのネットワーク効果を誘発しました。12万件の返信があったTravis Scottのツイートは、Burger King社のツイートよりも勢いがありました。もし、彼のツイートにコメントした12万人のうち129人だけがCash Appの新規ユーザーだったとしたら、Square社の顧客獲得コストは、我々の調査によると、銀行が平均的に支払っているユーザー1人当たりの925ドルよりも低く、全体の5%に過ぎない6,000件のコメントで20ドルにまで下がったことになります。さらに、既存ユーザーがSNSで情報を拡散しているので、Cash Appはたった1人からでも追加のユーザーを獲得することができました。

これらの顧客のCACの計算を単純化しすぎていますが(つまり、Travis Scottのギャラが計算に入っていないことも含めて)、重要なのは文化的に適切なキャンペーンをパートナーシップを通じて、効率的に顧客を獲得できたということです。これは、思った以上に難しいことです。

多くの人にとって、金融サービスとインフルエンサー・マーケティングといえば、ハリウッドスターが気まずそうにクレジットカードをかざして、いかにポイントが2倍になるのが嬉しいかを語る、気が遠くなるような広告を思い浮かべるでしょう(Samual L. Jacksonを起用したCapital Oneのこの曲のように)。

Cash Appのマーケティングは画期的なものではありませんが、パートナーとなった有名人や彼らが代表する文化にふさわしい方法で実行することができました。Velvet Rope」がフィンテックの常套手段となっている世界で、Cash Appは別の方向に進み、ミレニアム世代やズZ世代といった次の高額消費者の波に向けて、より伝統的なハイストリートブランドを構築しようとしています。

Cash Appのマーケティングは、ヒップホップだけでなく、新しいサブカルチャーにも目を向けています。例えば、昨年はゲームチーム「100 Thieves」と契約を結びました。興味深いことに、この契約の一環として、彼らは100 Thievesのコンテンツハウスのスポンサーにもなります。

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プロのe sportsチームとのパートナーシップに投資したのは、Cash Appが初めてではありません。しかし、スーツを着た有名人を起用したテレビ広告がクリエイティブ・マーケティングの主流となっている業界において、ゲーム業界のコンテンツ・プロデューサーとのアプローチは、CACの低い獲得チャネルの一つとなる可能性があります。

ユーザーを獲得し続ける(何度も)

どのようなマーケティングであってもユーザーを獲得し続けるための新たな道を見つけ出すことが重要です。具体的には、これまでうまくいっていたチャネルがさちったときに大きな課題となります。

Cash Appの場合、Squareは活用されていないチャネルに巧みに入り込み、業界トップレベルのCACで効率的に顧客を獲得することができました。

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また、Cash Appがいくつかの機能(例えば、暗号通貨、少額株式取引、Cash Boost(即時割引プログラム)など)で先行しており、それらすべての実行が驚異的であったことも認める価値があります。

しかし、ブランドを前進させてきた獲得チャネルとグロース施策こそが、ミレニアム世代やZoomerの心と財布を奪い合ってきた他のチャレンジャー・バンクに対して、現時点では持続的な優位性を生み出しているのです。

Cash Appの挑戦は、このような戦術で今後もグロースし続けられるかどうかになるでしょう。


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