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中国現法はマーケティングができない ー中国赴任編ー

*これは、本編『中国現法はマーケティングができない』のスピンアウト記事です。本編のイントロとなる部分ですので、同記事を読む前にもお読みいただけます。

〜空港にて、日本人社長の赴任初日〜

アナウンス「ANAから、搭乗時刻のご案内を致します。青島行き、NH927便の機内へのご案内は9:50頃の予定です。」

とうとうこの日が来た。今日から中国で働くのだ。これまで30年弱、ずっと現場で生産管理をやってきた。うちの会社の製品のことならだいたいわかるし、工場を少し見て回ればその工場の良いところ、ダメなところもたいていわかる。

しかし、中国。驚いた。初めて配属された宇都宮工場の工場長は中国帰りだと当時聞いた。しかしそのときは自分が中国配属になるなんて夢にも思わなかった。工場長は「中国駐在は最高だぞ。」なんて言っていたが、他の工場では中国が水に合わず一年足らずで逃げるように帰ってきた人がいたとも聞く。

社長は発令の日に「大変だと思うが、がんばってくれたまえ」と言った。中国現法なんて、日本国内のどの工場よりも儲かってるじゃないか。何が大変なんだ。海外統括部長は「今までの経験を活かして存分に力を発揮してほしい」とも言っていた。自慢じゃないが、私はどんな生意気な高卒の新入社員も一人前に育ててきた。少し言葉が通じないくらいで私のこの経験が揺らぐことはない。通訳もいるのに、何をそんなに不安になることがあろうか。

とりあえず、何事もやってできないことはない。これまでもそうやって生きてきたし、これからもそうやって生きていく。

〜工場にて〜

日本人社長「…ということで、これから皆さんと一緒に力を合わせて頑張っていきたい。明日からもよろしく。」

〜着任後初めての本社経営陣との会議にて〜

日本人社長「着任後一通り工場を見て回りましたが、生産工程ではまだまだ無駄がありますので、目標となっている5%の生産効率改善は問題ないとの認識です。」
本社専務「そうか、ただ会社の損益は前年同月比で悪化してないか?何が要因なんだ?」
日本人社長「会社の損益ですか?今月も生産効率改善報告は上がってきていますので、損益が悪化してるはずはないと思いますが…」
本社専務「いやだから、PL見ると営業利益がだいぶ減ってるだろう。その要因を聞いてるんだ。」
日本人社長「(PL…?)え?あ、いや、着任まもなく会社の数字のところはまだわかっていない部分もありますので、来月またご報告します…。」
本社専務「おいおい社長がそれじゃあ困るぞ。今回はしかたないが次回からはこうはいかないからな。そろそろ来年の予算も作らなくてはいけないんだ。現法の決算の状況をしっかり把握しておくように。来月は損益の要因についてしっかり分析して報告してくれ。」

〜工場にて〜

日本人社長「従業員はみんな礼儀正しいし、まだまだ改善できるところもたくさんあるし、滑り出し順調かと思ったのに早速専務から宿題か…。だいたいPLってなんだよ、そういう数字の話を気にせず『ものづくり一筋』でやりたいから『ずっと生産の現場でいたい』、って言ってたのに。海外統括部長も『今までの経験を活かして存分に力を発揮してほしい』って言ってたここ1ヶ月数字のことばっかで全然現場が見られてないし経験が活かせない仕事ばっかりだぞ。…ん?…なんだこれ?今までしっかり見たことなかったけど、日本の他の工場と比較しても、中国現法ってそんなに利益率が良いわけでもないし、中国現法だけ利益率が徐々に下がってないか?『中国は人件費が安くてモノが安く作れる』んじゃなかったのか?よく見るとここ最近売上も利益もどんどん下がってる…?どういうことだ?」

〜日本料理屋にて〜

他社駐在員「今日は歓迎会ということで、青島の新メンバーを温かく迎え入れましょう、乾杯!」
日本人社長「今日は歓迎会を開いていただきありがとうございます。初めての中国赴任で右も左もわかりませんので、何卒よろしくお願いします!」

〜工場にて〜

日本人社長「はあ、今日も現場を見に行きたいのに、ずっと数字、数字、数字だ。そもそもこの会社は親会社からの受注しか受けてないから売上なんかのこと考えてもしかたないよな?この際、一旦売上のことは忘れよう。でも、部品もほとんどうちを経由して日本の工場に送ってるのに、なんでうちだけどんどん利益が下がるんだろう?」
現地社員A「(中国語)また今年も昇格できなかったわ。私は一生懸命頑張ってるのになんでこうなるのかしら。そもそもの給料も他の会社と比べて低すぎるわ。あーイライラするからタオバオで買い物でもしよっと。あ、かわいい服が安くなってる!買っちゃおっと!」
日本人社長「(よくわからないけど怒ったり嬉しそうにしたりどうしたんだろう?)ちょっと王さん、こっちにきてくれる?」
王(通訳)「なんでしょう?」
日本人社長「Aさん、なんて言ってるの?」
王(通訳)「給料が低い、昇格できなかった、ってずっと文句言ってます。嬉しそうなのはかわいい服が見つかったからみたいです。」
日本人社長「どういうこと?まあいいや、とりあえずありがとう。…うちの給料ってそんなに低いのかな?人件費は…ここか、ん?毎年増えてるじゃん。従業員数はここ5年くらい増えてないって引継を受けたけど、ということは給料上がってるんじゃないの?どういうことなんだよ…呉部長ちょっといい?ここ数年人件費が増えてるけどなんでなんだっけ?」
総務部呉部長「人件費のことですか?私の管轄は総務なので、人事のことはわかりません。人事部の胡部長に聞いてください。」
日本人社長「そうか、わかったありがとう。胡部長!ちょっと教えて?ここ数年人件費がどんどん上がってるんだけど…。」
人事部胡部長「過去の人件費のことですか?私が人事部長になったのは今年からなので、以前のことはよくわかりません。」
日本人社長「…そうか。じゃあ申し訳ないけど確認しておいてくれる?」
人事部胡部長「通常業務で忙しいので、時間があるときにやっておきます。」
日本人社長「悪いね、よろしく頼んだよ。」

〜週末、ゴルフ場にて〜

他社駐在員「日本人社長さん、ナイスショット!」
日本人社長「いやー気持ちいいね!やっぱり週末に身体動かすとリフレッシュになるなあ。」
他社駐在員「こちらに赴任してきてしばらく経ちますけどどうですか?」
日本人社長「いやー新しいことが多くてなかなか大変だね。」
他社駐在員「日本にいたときと違ってやることの幅も広いですしね。結構皆さん悩みは多いですよね。」
日本人社長「そうだね。まあまだ赴任して全然経ってないし、まだこれからだよね。」
他社駐在員「そうですね。お、日本人社長さんナイスオンですね!」

〜工場にて〜

日本人社長「胡部長、何度も聞いて申し訳ないんだけど、過去の人件費のこと、どうなってる?」
人事部胡部長「通常業務が忙しくてまだできていません。」
日本人社長「そうか、わかった、ありがとう。…これも「通常業務」のひとつじゃないのか?まあ言ってもしかたない。自分でやるか…そもそもなんで今年から人事部ができたんだっけ?…ん?財務部ができたのも去年で、それまでは管理部だけだったの?そんなに急激に業務分野が拡張したんだっけ?…なんか小さい字で書いてあるな…『従業員からの昇給要請が厳しく、周辺日系企業の相場を確認しても昇給は回避不可能。人事制度の再構築は本社取締役会の承認事項だが、部署の新設は海外統括部への報告のみとなっており…』ん?人事制度を変更させずに昇給させやすくするように部署を増やしたってことなのか?それは人件費がどんどん増えるわけだ…生産ラインもやけにライン長とかが多かったのはそういうことか。そしたら私が『生産ラインに無駄がある』と思ってたところは『わかってて無駄を作っていた』ってことか?これはなかなか根深い問題だな。…ていうか、総務部長は去年まで人事も見てたはずだから人件費のこともわかってるはずだよな?それに人事部長は去年人事課長だったんだから、どっちも過去の人件費の推移について知ってて当たり前じゃないのか?…うーん、これはなかなか…頭が痛いぞ…。」

『中国企業はマーケティングができない ー中国赴任編ー』完

『中国現法はマーケティングができない』へと続きます。

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