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うつ病とアル中のわたし

ある日酔っ払った父親が買ってきたのは1缶の缶チューハイだった。
某メーカーの、グレープ味の、ロング缶。
トン、とテーブルに缶の音がして、
「おい、お前らも呑めや」
父はそう言って私たちに酒をすすめる。
母はその様子に何かを言っていたような気もしたが、結局は観念してグラスにお酒を注ぐ。
ワイングラスに注がれたそれは、小さな気泡がプチプチと音を立てていて、薄い紫色だったのを覚えている。
「──呑め」
そう言われて呑むしかなくなった私は、おそるおそるグラスに手を伸ばし、それに口を付けた。
一見するとブドウソーダの様に思えたそれは、飲んでいくと途中で変な苦味のようなものがあって、多分、これがアルコールの味なんだろうな、と思えた。
当時小学校5年生だった私の出来事。

次男を産んでからうつ病を発症した私は、2ヶ月に一度程、バスを乗り継ぎながら片道1時間半程かけて心療内科を通院している。
たまに希死念慮が強くなって薬を増やされたりもするけれど、一応は安定した生活を送れていた。
そういえば、と久しぶりに会った母が私に尋ねる。
「次の病院って、いつ?」
「来週だよ」
「バスで通ってるんだっけ」
「うん。約1時間半かかる」
「…送って、あげよっか?」
「いいの?」
うん、と笑顔を向けられ、私はありがたく申し出を受けることにした。

そうして今日、私の家の前で待ち合わせをし、病院へと一緒に向かう。
数年ぶり、ということで私がナビをして、5分前にたどり着く。
いつも1時間半かかるところが車だと30分程度で済んだので、ありがたいなぁ…と思いながら待合室で座っていると、私の番号が呼ばれた。
それじゃあ行ってくるね、と席を立とうとすると、なぜか一緒に席を立つ母。
?と思ってると「ちょっと聞きたいことがあって」と。
話があるなんて聞いてなかったけれど、呼ばれたのでそのまま診察室へと向かう。

あれ、と母を見つめる先生に対して、
「母です。娘がいつもお世話になっております」と頭を下げる母。
そう言われて納得したようで、診察に入る。
薬は飲めているかとか、調子はどうかとか、とりあえず現状維持であることを伝え、じゃあいつも通りの薬を出しましょうか、となり、先生が母の方を見る。
「何かご質問等はありますか?」
はい、と母が言うには、
「あの、結構経つと思うんですけど、いつ治るんですか?あと、この子具合が悪いって言うんですけど、単なるお酒の呑み過ぎですよね?違うんですか?検査とかってされてます?」
矢継ぎ早に先生を質問責めにする。
私は青ざめた。
こういう時の母はとにかく話を聞かない。
エホバが実在すると言い張る時の目になっている。
先生が娘さんはこういう状態で、とか伝えてくれているんだけれど、『正しい答え』ではなくて『自分のほしい答え』しか求めていないモードに入った母は「でもやっぱりお酒の飲み過ぎですよね?」と。
確かにうつ病なのにアルコール呑んでる私が悪いんだけれど、酒量が増えてないということで見逃してもらってる面もあって、でも母は納得いかないと言う。

「──じゃあ断酒会はいかがですか?」
前にもしてもらった提案を再度提示してくる先生。
「みんなで協力するのは、私には向いてないと思います」
同じことを繰り返して話す私。
「…今の薬って、アルコールが苦手になる成分が入ってるんですけれど、それはどうですか?」
「実感はないですね」
「じゃあ薬を増やし…」
「いや先生、そこまではしなくていいんです!」
母が急に割って入る。
「…じゃあ従来と同じ薬でいいですか?」
「はい…」
私は頷いた。

長く感じた診察が終わって、母が一言。
「断酒会すすめられるなんて、あんたやっぱりおかしいんだよ。お酒やめなさい」
ただでさえキリキリしていた感情に沢山の記憶が重なる。
父親から小5で初めてお酒を呑まされ、短大入学ともなればここぞとばかりに呑まされ、脈が速くなって救急車呼ばれそうになった時もあったし、娘がそうなってるにも関わらず、父親はいつの間にかいなくなってた。
父親が自分の子どもとお酒を呑むのが夢だったのかどうかは知らないけれど、ことあるごとに居酒屋だのスナックだのに連れてかれて、ワイン1本だの樽ハイだの度数の強いお酒を大量に呑むということを教え込まれた。
それらをひとつも止めることなく、むしろ「パパは仕事で辛い思いをしてるんだから、ストレス解消に一緒に飲みに行ってあげなさい」と言ったのはお前じゃないか。
──ふざけんな。
怒鳴り付けそうになるのを飲み込む。
病院内だったのと、どうせ言っても無駄だったので。

そんな訳で帰宅後、プシュっとプルトップを開け、すぐに呑んでしまった。
呑んだってなんにもならねーよ。
知ってるよ。
むしろ身体壊してるよ。
知ってるよ。
ても呑むと私を散々否定してきた父親が嬉しそうにしてたんだよ。
お前も俺の子だよなって。

毒親、という言葉を検索しながら今日も酒を呑む。
子どもたちには絶対ママみたいになるんじゃないよと言い聞かせながら

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