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結婚の決意

友人Sの話がしたい。

Sは小学校からの同級生だ。高校からは違う学校になってしまったが、年賀状のやりとりだけはなぜか続いた。当時は携帯などもなかったので連絡を取り合うとか、遊びに行ったりとかも高校からはパッタリとなくなった。

お互いが社会人になってからはたまに連絡をとり、たまに飲みにいったりしていた。


今は、Sは東京で私は地元大阪のままだし、Sが実家に戻ってきていても妻子を実家に置いて私と遊びに行くことは流石に出来ないので、遊ぶ機会もほとんどなくなってしまってはいる。

Sは勉強が得意で(ガリ勉というわけではなく効率よく必要な知識を頭に叩きこむタイプ)、高校も大学もそれはそれは偏差値の高い学校へと進学した。
そして大手の携帯電話会社の本社へ就職した。

運動はどちらかと言えば私の方が長けていたが、彼も決して不得意というわけではなかった。


彼は高校2年の時に人生で初めての彼女が出来た。同じ学校の同級生だ。一度、その彼女と彼が自転車で下校中に出くわしたことがある。なんか二言三言会話をして別れたのだが、Sはとても楽しそうだったことを覚えている。

Sは大学生になってからもその子と付き合っていた。
だが、三回生になりお互い微妙な時期(彼女も大学生)になり、会う機会が減るにつれて、2人の間に冷たい空気が流れ始める。

まあ、大学生カップルあるあるみたいなものだ。
バイトもしているし、サークル活動も上級生になったことでやることや責任が増え、オマケに就職活動もある。お互い忙しくなる。付き合いも長くなってくると最初の頃の熱はなくなっていき、距離が出来、広がっていく。

そして、その時がきた。
別れるのか、関係を継続するかの話をすることになった。
することになったというより、口には出さなかったがお互いの空気で「ああ、今日で何かしらの区切りはつけることになるだろうな」という予感のする日だ。

2人は彼の一人暮らしの部屋で、晩御飯を静かに食べた。

食べ終わってからもポツリポツリと実のない会話をする程度。

しばらく続いたそんなヒンヤリした空気を切り裂くように、彼女は急に顔色を変えた。悲しいけど決意は決まったというような表情だ。

彼もすぐにそれを察知した。
そして、「そうやな、やっぱりそうなるよな」と思った。

彼女は話し始めた。
「これ以上、付き合っていくのはお互いのためにもならないし、付き合っているとは言えないくらい会える機会も少ないし、もう別れた方がいいと思ってる」

そう言い終えるかどうかのタイミングで彼は彼女の言葉を遮った。

「ちょっと待ってくれ!腹減ったから肉まん買ってくるわ!」

彼女は表情をこれでもかと言う程曇らせて抗議した。だが、彼は一切耳を貸さず部屋を飛び出した。

彼もほとんど覚悟は固まっていた。固まっていたけど100パーセントではなかった。ほんの残り数パーセントはまだ、彼女と一緒にいたいという気持ちが残っていた。

今日別れることは、会う約束をした時点でほぼ暗黙の了解だったが、いざそうなってみるとその残り数パーセントを捨てられない自分がいた。


彼がアパートを出たと同時に雨が降り出した。降っていると言っていいのかどうかわからない程の雨が。

しかし彼はそれどころではなかった。頭の中は迷いでいっぱいだった。
別れるか、それとも....


200メートルほど歩き、横断歩道を渡ったところにあるコンビニで食べたくもない肉まんを、店内を何周かした後に買った。

部屋を飛び出してから10分も経っていない。
急がなくても15分以内には往復できる距離にコンビニがあることは彼女も分かっている。

店を出た時もまだ雨の勢いは変わらず、降っているのかいないのかわからない程度。
彼は横断歩道の前で立ち止まり、青信号になるのを待った。

前を見ると傘をさし、もう片方の手に閉じた傘を持って青信号を待つ女性が見えた。


彼女だった。


その女性が彼女だと認識した瞬間、彼は思った。「この子と結婚しよう」と。
結婚の事なんて人生で一度も真剣に考えた事などないのに。

彼女の今の精神状態で、こんな傘の必要のない雨の中を短時間で帰るにも関わらず、濡れてしまってはダメだと心配できることに彼は驚き、感動し、震えた。

普通なら雨に気づいてもその行動はとらないだろう。そのことに彼は彼女の持つ奥深い優しさを改めて思い知らされた。



自分の事のように書いたが、これは私が彼に聞いた話だ。俺も多分同じことを思うだろうなあと感じながら。
「結婚を決意するのってこういうモノなんだろうな」と2人で酒を飲みながら話した。
この時のことは、その時飲んでいた店や、酒の種類まで思い出せる。


結局、一時は持ち直したものの、彼と彼女は別れてしまったが...


結婚て何なんだろうと思うことが、結婚して10年以上経った今でもたまーーにある。その時はこの事をいつも思い出してしまう。

Sよ。今の奥さん大事にせーよ笑
小ちゃいおイタかまして弱み握られてんちゃうぞ笑


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