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24 人生の中で頑張ったことがあるか

※この記事はいつにも増してまとまりがないです。

おはようございます。

雪白真冬です。

みなさんは人生の中で頑張ったことがあるでしょうか。

わたしは自信を持って”これ”と言えるモノがありません。

この情報化社会では、さまざまな人のプライベートにアクセスできるので、いろんな方のプロフィールを見れます。

そこでは、こんな凄い資格とりました!とか、○○大学合格しました!とか、大手に就職が決まりました!とか、仕事でこんなに凄い結果が残せました!とか。

数え始めるとキリがないくらい、こういう記事を目にすることができます。

これらの目標を達成するために、凄い努力をされたんだろうなあと感じます。

最近ふと思うんですよね。

あれ、わたしってこれまでの人生で頑張ったことないなって。

強みがないなって。

***

強み、となるものって、その人が人生の中でたくさんの時間を費やして成り立つモノだとわたしは考えています。そのモノが好きだったかはいったん置いておいて、その物事に一生懸命取り組んで、辛いこともあったけど、なんとかやりぬいた先にあるのが”強み”なのかなあと。

ちょっと厳しすぎる定義かもしれませんが、その人が人生で積み上げてきたものが強みとなる。ここは間違ってないと思うんですよね。

そうなると、人生の中でいかに継続してこれたか、が重要な気がします。それが、意図的でも、意図的でないにしても。

なんでこんなことを考えてるのかというと、最近仕事をしていて、まわりの人は自分の専門領域という強みがあって、「強み=仕事の個性」を持って働いてるんですよね。

この問題がわからなかったらこの人に聞けば良い、っていう人がだいたいいます。

そのとき、ふと思ったんです。

あれ、わたしの「仕事の個性」なくないか、って。

わたしは理系職で就職しているので、卒業した大学の学部や学科で学んできた専攻がそのまま強みになると思うのですが、あまり自信がないんですよね。。というか知識もハリボテで、そもそもの絶対量が足りない。

というのも、そんなに学問に対して熱心に取り組んでこなかったからだと思うんです。入学した瞬間はやる気があったかもしれない。学問に対して面白いなって感情が少しはありました。

でも、大学生という人生の夏休みで楽を覚えて、だんだん楽な選択肢を選ぶようになって、卒業できればいいやって。そんなことを思うようになりました。

そうなると、「頑張る」のベクトルが変わってきます。自分を高めるために「頑張る」のではなく、大学を卒業するために「頑張る」ことになっていました。

過去問を回収して、ある程度テストに出そうなトコだけ一夜漬けで覚える。

単位を取れそうな楽な講義を優先して、勉強量が多くて、試験が難しいような講義は取らないか、単位を落としても良いと考えるか。

いかに自分の労力を使わずに、ことなきを得るか。

そんなことばかり考えていたかもしれません。

そんな頑張り(いや、頑張りと言っていいのか)は自分の中に何も残らないことには気が付かず。気がつけばこの歳になっていました。

もっと勉強しておけばよかったなあ、とか。もっと真剣に研究しておけばよかったなあ。とか。後悔していることはたくさんあります。

でもそんなことを考えても仕方がないですね。過去は変えられませんから。

***

タイトルが誇張表現だったかもしれませんが、

(自分の人生を高める何かに)頑張ったことがあるか。が正しいと思います。

この記事を書きながら過去を振り返っていたのですが、人生の中で頑張ったって言えることがないな、って気がついてしまいました。

成功体験が全然ないなあと。

というのも、目標に対して最後まで頑張らずに、なんかダレてしまう。

フルパワーじゃなくて、7割くらいの力しか出さず、目標まで届かない。

たとえ成功体験とはいかなくても、そこまでに頑張ったモノは糧になる。という考え方もあると思うのですが、それは、物事に対して100%全力を出し切った時かと思います。

6、7割の力しか出していないと、自分の中に確固として残るものがないんですよね。

わたしが本当に吐き出したかったのはこの気持ちかもしれない。

「全力で、フルパワーで物事に対して頑張ったことなくない?」

なんでかはわからない。過去を思い返すと、全然全力の頑張りじゃないなってことばかりです。

なんか、胸を張って、こんなけ頑張ったから目標達成できたんだよ!ってことが欲しいですね。

ひょっとして、6割、7割だと思っているものが自分にとっての全力?

いや、そんなことはないと思います。遊んでたり、YouTubeみている時間はありましたから。

でも、それも含めて自分が出せる全力だったのかも。これまでの努力が、その時々でだ出していた全力なのかも。

そう思うと、全力をだせていたことには安心するけど、なんか悲しい。

もっと、自分の時間を最大限まで削って、一つのことに熱中できたんじゃないか。そんな後悔がいつまでもわたしのなかに渦巻いています。

この気持ちは最後まで持っていくのだろう。

***

今日の記事は全然まとまっていなくて、ここまで書いて投稿するか悩みました。

ひどい記事だなあって。

でも今まで一番気持ち入ってるなあって思いました。

なので投稿してみます。

最後まで読んでくださった方、ありがとうございます。

雪白真冬





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