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《短編創作》青い冬【#2000字のドラマ】

高校時代は紛れもなく青春だった。好きなことに打ち込み、学生らしい恋をして、その瞬間がすべてのように思えていた。

「萩野さんって、高校時代どんな感じだったんですか?」
へらっとした笑顔で春宮まつりは俺に問いかける。
「どうも何も、楽しかったよ。軽音部入ってて、バンドにバイトにデートに明け暮れてた。」
「え、見えない。…あ、いや、すみません。なんか意外だな、って思って。」
「意外って何よ。」
「なんかあんまり遊んでるイメージなかったというか。萩野さんってほら、彼女出来ないじゃなくて彼女いらないみたいなタイプじゃないですか。」
「それは今だから。社会人になってから余裕ないんだよ。デートにお金かけられる訳でもないしね。」
「税金とか凄そうですもんね…。バンドはパートどこだったんですか?」
「ベースだよ。ほら口ばっか動かさないで手を動かす!包装出来るようになったの?」
「…まだ完璧じゃないです。なかなか萩野さんみたいにうまくはできないんですよ〜。」

アルバイトに来ている春宮とのやりとりは、妙に俺の心に鈍い痛みを残していった。大学2年生の彼女はまさに青春の真っ只中なのだろう。

高校時代からアルバイトをしていた小売店の正社員になって3年。生活にはギリギリ困らないものの、張り合いのない日々を送っていた。毎日明け暮れていたベースも、2年以上触れていない。一緒にバンドをしていたメンバーと飲みに行く時間も気力もないし、恋人を作っている余裕もない。

全てだと思えた「高校生」という瞬間に、そのすべてを置き去りにしてきた。青春と呼ばれる春を越え「人生の夏休み」と言われる大学4年間で青春の延長戦を行う同年代が多いなか、自分は一人夏を捨て秋を越し長い冬に足を踏み入れているようだった。

仕事から疲れて帰ったあとは趣味のゲームもする気力がなく、SNSをだらだらと流し見することに束の間の休息を消費している。いつものようにインスタを漁っていると、インスタライブの通知が1件。そのアカウント主は、高校時代のバンドメンバー、市川蒼だった。春宮とあんな会話を交わしたからなのか、無性に声が聞きたくなり、蒼のインスタライブを開いた。

「閲覧ありがとう〜、…あれ?陸也じゃん。久しぶり!!最近なんで連絡してこないんだよ〜!」
懐かしい声だ。
『久しぶり。仕事が忙しくて。そっちはバンドの活動順調なの??』
コメントを打つ。蒼は音楽の専門学校を卒業後、インディーズのバンドで活動を続けていた。ライブは行けていないものの、音源を送ってもらったことがある。蒼の歌声は高校の時と変わらないが、その技術は確実に進歩していた。
「正社員大変だもんなー。こっちはバイトで食い繋ぎながらなんとかやってるよ。今度ワンマンあるから観に来いよ!!」
『すごいじゃん!なんとか休み取れるように頑張るよ。また蒼の歌生で聞きたいしな。』
「おう!俺もまた陸也のベースと合わせたいんだよ。今のバンドも好きで大切だけど、やっぱお前らと初めて組んだバンド、楽しかったからさ。今度スタジオ借りてセッションしようぜ。」

その言葉は素直に嬉しかった。だが、それと同時に蒼のなかではもう高校時代は過去になっていて、縋り付くほどでもない数ある思い出のひとつにすぎないことが、どうしようもなく寂しかった。蒼の歌は3年間で確実に進歩しているけど、俺のベースは高校生のままで止まっている。

『おう。また時間合わせような。』
そんな、社交辞令のような返事しか出来なかった。

センチメンタルが脳裏をよぎっても日常が止まることはない。働かなければ、生活は出来ない。

「萩野さん萩野さん!」
相変わらず春宮は天真爛漫に絡んでくる。お店の空いている時間帯はいつもそうだ。愛想が良く、如何にもキャピキャピ女子大生、というような彼女は正直俺には眩し過ぎて疲れる。
「なに。」
「今度、萩野さんがバンドしてた時の映像とか見してくださいよ。高校時代の萩野さんちょっと見てみたいです。」
「嫌だよ。今と全然違うし。あー、萩野さん老け込んだなー、って思うくらいだよ?大体社員のプライベートなんか知ってもなにも面白くないでしょ。」
「えー、羨ましいからですよ。」
「なにが?」
「私、高校の時に色々あって最後の方不登校になっちゃって。自分があんまり良い思い出ないから誰かの楽しかった話聞くの好きなんですよね。」

意外だった。彼女がそんな過去を持っているようにはとても見えなかったから。
「…わかったよ。今日あがったあとでいい??」
「はい!」

仕事が終わり、裏にある公園で高校時代のバンドの映像を見せた。一番楽しかった、卒業ライブの時のものだ。3年前と同じで満開の桜が景色を彩っている。桜なんて見たのはいつぶりだろうか。

「…めっちゃくちゃかっこいいじゃないですか!」
「まあ、この時はね。今はもうただのおっさんだよ。」
「何言ってるんですか、ひとつしか歳変わらないくせに。」
そう言われてはっとする。まだ自分は21歳にもなっていなかったのか、と。

「もう、仕事しかしてないからね。青春なんかどこにもない。もうずっと冬!みたいな?かっこよさとか、高校時代に全部置いてきちゃったんだよね。」
少しおどけながらもついつい本音が溢れた。

「そうですかね。私は高校時代ずっと冬だと思ってたし、学校から離れて自由になったのでよくわからないです。でも、私は萩野さんと仕事するの楽しいですし、完璧に仕事こなす今の萩野さんのこと、すごくかっこいいと思ってますよ?」

え、と思い彼女の方に顔を向けると、耳まで赤くなっているのがわかった。同時に、自分の耳が赤くなっていくのも感じた。

高校時代は紛れもなく青春だった。同じ青春は、もう2度とやってこない。
それでも月日は流れ、季節は巡る。
長い冬を越えると、新しい春がやってくる。

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