サザエ”は”新種
今回はこの夏の採集調査で見つけた生物の紹介です。先に断っておきますが、写真のサザエはシュノーケリングで調査している時に発見したものですが、記録のための撮影後に元の場所に戻してあります。地域によって異なりますが、このまま持ち帰ると密漁になります。
和名:サザエ
学名:Turbo sazae Fukuda, 2017
分類:軟体動物門、腹足綱、リュウテン科、リュウテン属、サザエ亜属
生息:潮間帯から水深30m程度までの岩礁、黒潮や対馬海流の影響を受ける場所(東は千葉県、北は秋田県男鹿半島)
解説
ここではサザエの解説ではなく、5年前に出された論文の内容を紹介します。食用としても、国民的アニメのキャラクターの名前としても有名なサザエですが、このサザエが新種として発表された論文です。いつも食べていたサザエの中に新種がいたわけではありません。いつも食べていたサザエが新種だったのです。
学名について
事情を説明する前に、生物の種について話をします。地球上の生物は、体の特徴や性質やDNAをもとに分けていき、いずれにも当てはまらない生物が発見された時、新種(未記載種)となります。きちんとした雑誌に論文として投稿することで、国際的に認められます。
この時に、“学名”という名前をつけます。例えば、マダイであれば、Pagrus majorとなっています。属(Pafrus:マダイ属)と種(major:マダイ)のラテン語名を並べて表記するのですが、論文などではPagrus major Temminck et Schlegel, 1843と表記することがあります。Temminck et Schlegelは発見者の名前で、1843年に発見したということです。余談ですが、日本の有名な生物の多くはオランダ人の名前がついています。理由は何となくわかりますよね。
サザエの学名
さて、サザエの学名ですが、長らくTurbo cornutusとされていました。これは、1786年にイギリス人博物学者のライトフットが命名したそうですが、鎖国中の日本に来られるわけもなく、ポーランド公爵夫人の施設博物館にある中国産の標本をもとに名付けたようです。
1848年には、イギリスの貝類学者のリーヴがEastern Sea(東シナ海?)から採集したサザエをTurbo cornutusと種同定しましたが、この時の記載は日本産のサザエそのものでした。これ以降、サザエの学名としてTurbo cornutusが使われるようになりました。一方、リーヴはシーボルトが採集した日本産のサザエをTurbo japonicusと命名しました。日本産のサザエは中国産のサザエと異なり、棘がありません。その点で日本産のサザエを新種としたのですが、この時同じく棘のないモーリシャス産のサザエと混合してしまい、のちにTurbo japonicusはモーリシャス産のサザエの学名になりました。
余談ですが、学名のjaponicusは“日本の”という意味になります。いわば、日本固有種のような意味になるのですが、海外でjaponicusという名前をもつ生物が見つかることはままあります。例えば、日本住血吸虫(Schistosoma japonicum)のように日本で発見されたのちに海外で発見された種や、淡水魚に寄生する甲殻類の1種(Neoergasilosis japonicus)のように1945年以前に日本統治下の地域で見つかった種などがあります。サザエのような例は、私も今回初めて知りました。
日本のサザエは?
1995年に小澤・冨田博士が日本産のサザエと中国産のサザエの形態が異なることに気づき、中国産のサザエをTurbo chinensisと命名しました。しかし、これは日本産のサザエがTurbo cornutusであることを前提にしています。そもそも、Turbo cornutusは中国産のサザエをもとに名づけられているので、本来は日本産のサザエの方が新種だったわけですが、当時は気づいていなかったようです。そして、2017年に岡山大学の福田宏博士の研究により、日本産のサザエが新種(Turbo sazae)であることが明らかになりました。
ここまで、“日本産のサザエ”“中国産のサザエ”というように表記してきましたが、現在は日本産のサザエは「Turbo sazae(和名:サザエ)」、中国産のサザエは「Turbo cornutus(和名:ナンカイサザエ)」となっています。また、Turbo chinensisは意味のない学名としてなくなっています。
自分への戒め
岡山大学のプレスリリースには、「生物の分類学(識別、命名、同定、分 類、相互の関係性の把握)とは、実在する種と先人が与えた名前との関係や、それらの変遷を問い直してゆく学問分野であり、その点で歴史学に重なりますが、同時に、人の持つ先入観・思い込み・伝言ゲームとの闘いをつねに強いられます。」と書いてありました。私も記載論文を書く時に古い論文をたくさん参照し、自分の観察結果と異なることは時々あります。その時に、「あのxx博士の論文だから間違えはないだろう」「自分の見間違えではないか」と思うときがありますが、違いが出てきたのであれば、解決するまで検証することの必要性を改めて知らされました。
参考文献
Hiroshi Fukuda, Nomenclature of the horned turbans previously known as Turbo cornutus [Lightfoot], 1786 and Turbo chinensis Ozawa & Tomida, 1995 (Vetigastropoda: Trochoidea: Turbinidae) from China, Japan and Korea, Molluscan Research, 2017
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