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赤い水棲生物

魚類の寄生虫の調査のために日本各地(主に西日本)の漁港を巡っているのですが、その時にけっこうな頻度で出会うのがホウボウという魚です。ホウボウの特徴といえば、赤い体青い斑点のある大きな胸鰭です。また、見た目だけではなく味も良いのがホウボウの良いところです。

和名:ホウボウ
学名:Chelidonichthys spinosus (McClelland, 1844)
分類:カサゴ目ホウボウ科ホウボウ属
生息:後述します

胸鰭を広げてみました。

一応深海魚?

ホウボウは暖海性の魚で、西太平洋から黄海、東シナ海、南シナ海まで分布しています。そのため、日本だけではなく中国や韓国でも食べられているようです(検索したら中国や韓国の水産関係の論文がヒットしました)。また、底生性の魚で水深100-200mを中心に水深600mほどの深い砂泥底に生息し、下向きについた大きな口で甲殻類や小魚などの底生動物を捕食し生息しています。白身の優しい味の魚で、どんな調理法でも美味しく食べられます。

魚の体の色

最後に少しだけ述べますが、ホウボウ科に属する魚類には寄生虫(エラに寄生する単生類)がいます。論文化にあたっては宿主の魚類のことも知らなければならないので、寄生虫を見つけたら、その魚の論文も探して読んでいます。ホウボウに関する論文を探していたところ、少し面白い論文を見つけたので、それについてお話しします。タイトルは「千葉県銚子沖から得られた赤色色素を欠失したホウボウ」で、内容もタイトルのままです。リンクから論文をダウンロードすることができますので、赤色色素を欠失した真っ黒なホウボウの写真を見ることも可能です。

体色が変化する現象として有名なのが、先天的にメラニンの合成ができなくなるアルビノではないでしょうか?この論文のホウボウは、何らかの理由で赤色の色素が作られなくなったわけですが、その凄さを理解するためには、“魚の体色”について知っておく必要があると思います。
魚の体色といえば、“背中が青で、腹が白”と思い浮かべるでしょう。背中が青色だとうまく海の色に紛れこむことができ、空から魚を狙う鳥から隠れられます。また、お腹が白いと日光のせいで白く見える水面に紛れ込むことができ、海底に潜む大型魚は、うまく魚をみつけることができません。いわゆる保護色と言われるもので、あの典型的な魚の体色はうまく海の風景に紛れ込むことが可能になっています。

赤い魚その1:キンメダイ

赤の意味は?

魚の中には、カサゴやカレイのように体色が褐色のものも多くいます。これは海底の岩や砂の色に合わせているのだとわかるのですが、ホウボウやマダイのように赤色の魚は大丈夫なのでしょうか?実は、深海では赤色が全く目立ちません。水分子は赤色や黄色の波長の光を吸収しやすいため、赤色は海の深いところでは見えなくなります。ユメカサゴ、キンメダイ、ノドグロなど深海性の魚には赤色のものが多いです。地上では目立つ赤色ですが、海(深いところ)ではステルス色になるというわけです。

黒いホウボウの意義

この論文の見どころは“珍しい色のホウボウがいた”という色違いのポケモンを発見したという話ではありません。“従来の色とは違うのに生きていた”ということが重要です。例えば、お腹も青いサバがいたとしましょう。おそらく、目立ってすぐに食べられてしまい、大人にはなれません。動物の体色は長い時間をかけて生存に有利なように進化して得られたものです。イレギュラーな色を持つ個体は残念ながら生き延びることはできません。
つまり、この黒いホウボウは「自分は赤色でなくても生きていけるよ!」と言っているわけです。また、ホウボウの胸鰭の青い斑点は威嚇行動に使われると言われていますが、この黒いホウボウにはその青い斑点もありません。このホウボウは威嚇の必要がない平和な暮らしをしていたのでしょうか?もしかすると、胸鰭で威嚇などしてなかったのかもしれません。私も先ほど「魚の体色には意味がある」と偉そうに書きましたが、どれも魚に直接聞いたのではなく、理屈をもとに私たちが考えただけです。この黒いホウボウは「勝手なことを言うな!考え直せ!」と言っているのかもしれません。

赤い魚その2:ユメカサゴ

次の可能性

この黒いホウボウは赤い色素を作る遺伝子が働いていないため誕生したと考えられているようです。特定の遺伝子が働いていないことは遺伝学的にはとても重要です。「xxxという体の特徴は、xxxという遺伝子で決まっている」という研究は、キイロショウジョウバエから始まりました。ショウジョウバエの卵に紫外線を当てて、わざとDNAを壊します。そして、眼の色が違う子供が生まれたら、DNAのどの部分に異常が起きているのかを調べる、というのを繰り返して、どこに体の特徴を決める遺伝子があるのか調べていたようです。ホウボウの赤い体色は餌由来でもあるのですが、黒いホウボウのDNAを隅々まで解析することで、赤い体色を作る遺伝子がわかる可能性もあります。

最後に寄生虫

このホウボウや見た目がよく似たカナガシラにはかなりの高い確率で寄生虫(単生類)が寄生しています。ホウボウやカナガシラは底曳をしている漁港にて高確率で手に入れられることから、私はホウボウやカナガシラの単生類の標本を手に入れることができました。海外の論文にはホウボウ科魚類にPlectanocotylidae科の単生類が寄生していると言う報告がありますが、日本では全く調べられていません。もし海外の論文にあるのと同じグループの単生類であれば日本初記録になります。

3年ほど前にクラウドファウンディングで購入した深海魚詰め合わせの一部。名前忘れました。すいません。

【参考文献】

手良村知功, 加瀬希世志, 加藤柊也, 瀬能宏, & 和田英敏. (2021). 千葉県銚子沖から得られた赤色色素を欠失したホウボウ Chelidonichthys spinosus. Ichthy, Natural History of Fishes of Japan, 7, 11-14.
Ayadi, Z. E. M., Tazerouti, F., Gey, D., & Justine, J. L. (2022). A revision of Plectanocotyle (Monogenea, Plectanocotylidae), with molecular barcoding of three species and the description of a new species from the streaked gurnard Chelidonichthys lastoviza off Algeria. PeerJ, 10, e12873.

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