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貝とどく

冬が深まり寒さが増すと暖かい麺類や鍋物が欲しくなりますよね。個人的な意見になるのですが、カキアサリなど貝が入ったものは味に深みがでて大好きです。学生時代は北海道と広島というカキの美味しい地域で過ごすことができたのは幸いでした。今回は、夏休みにであった変わった貝と共に貝毒の話を少しだけします。

和名:タイラギ
学名:Atrina pectinata
分類:軟体動物門、二枚貝綱、イガイ目、ハボウキガイ科
生息:日本では房総半島以南に分布し、内湾の10m未満からおよそ50m程度の深度に生息


海底調査中に折れていたものを知人が拾ってきました。

海底にそびえ立つ

タイラギは、殻長30cm以上、殻高20cm以上に達する大型種です。殻は殻頂がとがった三角形で、殻の外面には独特の放射状の模様や、突起が並んでいます。もとが大きい貝なので貝柱や内臓も大きいです。貝殻のとがった方を下にして、海底に刺さるようにして生息しています。カキが岸壁にはりつくのと同じように足糸を出して海底の岩にはりつけて固定しています。
タイラギの大きな貝柱は食用として、日本だけでなく中国や韓国でも利用されているそうです。干物や焼き物、蒸し料理や炒め物など多様な調理が行われているようですが、お恥ずかしながら、この貝を拾ってきた知人から聞かされるまで、あまり知りませんでした。

古かったのか良い状態ではありませんでした。

食中毒には要注意

海岸にはたくさんの貝が生息しています。中でもカキはどこにでもいます。だからと言って明日、近くの海岸のカキを取ってきて食べようというのはやめてください。貝類は海の掃除屋さんです。貝類は海水を取り込んで、海水に含まれているプランクトンゴミ有機物)を食べているのですが、その過程で海水中の悪い物質も取り込んでしまっています。貝の体内の海水を顕微鏡で見るとかなりの数の細菌をみることができます。
十分冷蔵したり、レモンをかけたり、火を通したりすることで、細菌やウイルスを死滅させることができます。しかし、貝が曲者なのは“貝毒”という、「食べない」しか対策できない食中毒があります。細菌は生物なので、加熱したり、十分冷やしたり、酸をかけると死んでしまいます。また、ウイルスは生物ではないのですが、タンパク質でできているため、加熱することで本来の働きを失います。一方、貝毒はアルカロイドやエーテルなどでできており、加熱しても意味がありません。誤解を恐れずに言えば、塩は冷やそうが温めようが塩なのと同じです。

海岸の岩に張り付くカキ

誰も悪くない

定期的に貝毒が発生してカキなどの海産物の出荷が取りやめになります。これは、決して漁師さんや水産会社の方の管理が悪いわけではありません。運が悪いと言った方がいいと思います。貝毒は、貝類が食べたプランクトン、中でも渦鞭毛藻が持つ物質に由来します。つまり、貝類が育つ時に渦鞭毛藻を食べると、少しずつ体内に貝毒の原因物質が蓄積します。ちなみに、渦鞭毛藻は赤潮の原因となるプランクトンの仲間です。運が悪く魚場や養殖場の周辺で大発生してしまうと、貝毒をもつ貝が増えてしまいます。また、このとき貝毒を持つのは貝類だけでなく、ナマコなどプランクトンなどを食べる海底生活を送る動物も貝毒をもちます。

中はこんな感じで、美味しそうです。ただ、何を食べているのか分からないので、安全は保証できません。

何が起こるの?

貝毒の症状としては、下痢麻痺があります。下痢を引き起こす貝毒は、特定の酵素の働きを阻害するようです。医療(医学)的なことは私はわかりませんが、酵素が働かないことで消化器官のものを外に出そうとしているのかもしれません。もう1つの麻痺性貝毒は、細胞膜のナトリウムチャンネルをブロックします。この仕組みは高校生物でも取り扱われるくらい有名です。
麻痺と言えば、痛みが感じにくくなったり、思うように動かせなくなったりすることです。痛みというのは、体に物理的な衝撃が加わったことを脳に伝えることで発生します。また、体を動かすのは脳が筋肉に指令を出すことで行われます。この体の末端と脳を繋ぐのが神経(細胞)で、電気的な変化が伝わることで情報の伝達を行っています。

汚い字ですいません。

神経細胞は、通常(静止時)は細胞外にナトリウムイオン細胞内にカリウムイオンが多く存在しています。そのため、細胞内がマイナスになっているのですが、何かしらの刺激をうける(指令がある)と、ナトリウムが細胞内に入ってきます。このとき、細胞内外のプラスとマイナスが反転するのですが、これを活動電位といいます。
この活動電位が伝わることで、痛みを感じたり、手を動かせたりします。麻痺性貝毒の原因物質は、神経細胞の細胞内にナトリウムを送り込むナトリウムチャネルを塞いでしまいます。すると、活動電位が発生しないので、刺激が加わったことや、指令を伝えることができなくなってしまいます。これが麻痺の原因です。フグのテトロドトキシンも同様の仕組みなのですが、テトロドトキシンは脳から心臓への指令を止めてしまうので命に関わります。

細胞膜にあるナトリウムやカリウムを通すタンパク質(図の丸)が、チャネルとよばれているものです。

魚屋さんは専門家

知人が発見したタイラギですが、食べることはありませんでした。海底に倒れていたものを拾ったこともあり、鮮度に不安がありましたし、貝毒などの食中毒も心配でした。アニサキスなどの寄生虫にしてもそうですが、魚介類には昔ながらの食べ方というものがあります。鮮度が良いものは刺身で味わいたいという欲求もありますが、昔ながらの食べ方は長年の経験から安全に食べる方法にもなっています。不安な時は魚屋さんに聞いてみてください。もし、食べるなと言われたら絶対に食べないでください。

【参考文献】


小池一彦、「有毒渦鞭毛藻 (PDF) 」 日本藻類学会創立50周年記念出版 「21世紀初頭の藻学の現況」、日本藻類学会

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